2008年04月11日 23:31
沢井さんの勤める新聞販売所内で、噂になっている場所があった。
とあるマンションのエレベーター、その狭いボックス内に出るらしい。
そのボックス内の壁には、黒いシミのような物が付いている。
その中で焼身自殺した人間がいて、その時に付いたシミだという。
その区間を担当する配達員はみな、そのエレベーターを避け、階段を利用していた。
季節の変わり目にシフトチェンジが行われ、その区間を沢井さんが担当する事になった。
彼はその噂をあまり気にしていなかったが、それでも何かあると嫌なので、やはり階段を利用していた。
ちらっとエレベーターの中を見た事があったが、シミは言われているほど大きくもなく、人の形にもなっていなかった。
その日、沢井さんの体調は最悪だった。
風邪気味でふらふらの状態だったが、迷惑を掛けたくなかったので仕事に出た。
深夜の路上を回りながら、どんどん体調は悪化していく。
あのマンションの前に付いた頃には、すでに満身創痍だった。
此処の住人だって、きっと毎日使ってるんだ。
自分に言い聞かせながら、エレベーターに乗り込んだ。
目の前にはあのシミがある。
彼はシミから離れるように、扉の前に立った。
最上階である四階のボタンを押すと、扉が閉まりはじめる。
途端に、背筋を寒気が走り抜けた。
後悔した時には、もう扉は完全に閉まり、動き出していた。
間もなく、ボックス内に焦げ臭さと生臭さが入り交じった空気が充満しはじめてきた。
思わず顔をしかめた彼の背後から、
「おい」
声がした。
自分は無人のボックスに乗り込んだはず。こんな狭い中に人が隠れられるはずがない。
彼は動けなかった。
祈る思いで、扉を見つめた。
「シカトしてんじゃねえよ」
何者かが、彼の肩を掴み、背後へ引っ張られる。
バランスを失い、彼は尻餅をつく。その拍子に、抱えていた新聞の束が床に散らばった。
臭気は吐き気を催すほど濃厚になっている。
それは、彼の後ろから漂ってくる。
振り返ってしまった。
そこにあるのは、人の形をした炭だった。
真っ黒でがさついた炭。ぱらぱらと、小さな破片をこぼしながら、それはそこに立っていた。
目鼻や指などの細部のない、燃え切った炭のカタマリ。
「おまえに」
炭が喋った。
「おまえに、おれノキモチガワカルノカヨ」
その言葉と同時に、炭が激しく燃え上がった。
炎に包まれたヒトガタは、周囲に散乱した新聞紙を巻き込みながら、その勢いを強めていく。
その時、エレベーターが止まった。
開かれた扉から転げ出るように逃げ出した彼は、一目散に階段を駆け下り、バイクに飛び乗り家に逃げ帰った。
その後沢井さんは、勤務先に転勤を願い出た。
(超-1 2008/「シミ」より)
とあるマンションのエレベーター、その狭いボックス内に出るらしい。
そのボックス内の壁には、黒いシミのような物が付いている。
その中で焼身自殺した人間がいて、その時に付いたシミだという。
その区間を担当する配達員はみな、そのエレベーターを避け、階段を利用していた。
季節の変わり目にシフトチェンジが行われ、その区間を沢井さんが担当する事になった。
彼はその噂をあまり気にしていなかったが、それでも何かあると嫌なので、やはり階段を利用していた。
ちらっとエレベーターの中を見た事があったが、シミは言われているほど大きくもなく、人の形にもなっていなかった。
その日、沢井さんの体調は最悪だった。
風邪気味でふらふらの状態だったが、迷惑を掛けたくなかったので仕事に出た。
深夜の路上を回りながら、どんどん体調は悪化していく。
あのマンションの前に付いた頃には、すでに満身創痍だった。
此処の住人だって、きっと毎日使ってるんだ。
自分に言い聞かせながら、エレベーターに乗り込んだ。
目の前にはあのシミがある。
彼はシミから離れるように、扉の前に立った。
最上階である四階のボタンを押すと、扉が閉まりはじめる。
途端に、背筋を寒気が走り抜けた。
後悔した時には、もう扉は完全に閉まり、動き出していた。
間もなく、ボックス内に焦げ臭さと生臭さが入り交じった空気が充満しはじめてきた。
思わず顔をしかめた彼の背後から、
「おい」
声がした。
自分は無人のボックスに乗り込んだはず。こんな狭い中に人が隠れられるはずがない。
彼は動けなかった。
祈る思いで、扉を見つめた。
「シカトしてんじゃねえよ」
何者かが、彼の肩を掴み、背後へ引っ張られる。
バランスを失い、彼は尻餅をつく。その拍子に、抱えていた新聞の束が床に散らばった。
臭気は吐き気を催すほど濃厚になっている。
それは、彼の後ろから漂ってくる。
振り返ってしまった。
そこにあるのは、人の形をした炭だった。
真っ黒でがさついた炭。ぱらぱらと、小さな破片をこぼしながら、それはそこに立っていた。
目鼻や指などの細部のない、燃え切った炭のカタマリ。
「おまえに」
炭が喋った。
「おまえに、おれノキモチガワカルノカヨ」
その言葉と同時に、炭が激しく燃え上がった。
炎に包まれたヒトガタは、周囲に散乱した新聞紙を巻き込みながら、その勢いを強めていく。
その時、エレベーターが止まった。
開かれた扉から転げ出るように逃げ出した彼は、一目散に階段を駆け下り、バイクに飛び乗り家に逃げ帰った。
その後沢井さんは、勤務先に転勤を願い出た。
(超-1 2008/「シミ」より)






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