2008年04月11日 23:40
尾形さんはいわゆる「聞こえる人」だった。
思春期を過ぎた頃からそれは始まり、間もなく十年近くになる。
墓地や名所、事故現場などのそばを通ると、恨み辛みや未練たっぷりの声が強制的に響いてくる。
お守りやお祓い、インターネットで調べた方法など、全て試したが効果がなかった。
この一年ほどで、その頻度や音量はより増していた。
我慢の限界が近づきつつあった彼女は、ふとあるホームページの記事に目が留まった。
『霊魂を呼び寄せる方法』
好奇心からその記事を読み進めていた彼女に、ある考えが閃いた。
この逆をいけば、声が聞こえなくなるんじゃないだろうか?
翌日の晩、彼女はひとりである場所に向かった。
そこは見通しの悪い交差点で、追突事故が絶えない場所。
交差点の歩道に立ち、彼女は読んだ記事を順番に辿った。
『自分が味方である事をアピールしましょう』
……あたしは味方じゃないの。だから寄ってこないで。
『その場に宿っているであろう霊魂に、慈しみの念を捧げましょう』
……可哀想だなんて思わない。きっとここで事故に遭う運命だったのよ。
『そして、その思い出を声に出して伝えましょう』
……なんて言おうかな……そうだ。
「もう諦めて、みんなで天国へ行っちゃってください!」
傷跡の残るへこんだガードレールに向かって、彼女は最上の笑顔で高らかにそう告げた。
全てをやり遂げ、なんだかすっきりした気がした。
彼女は颯爽とその場と後にしようとして、できなかった。
足が見えない何かに絡め取られている。
その生暖かい何かは、足から徐々に這い上がり、彼女の全身を覆った。
……痛い……足が……痛い……。
男性の絞り出すような声とともに、左足を焼くような痛みが襲う。
……見えないよ……見えないよ見えないよ……怖い……。
男の子のすすり泣く声とともに、視界がぼやけていく。
……お願い……この子だけは……赤ちゃんだけは……助けて……っ!
女性の悲痛な訴えとともに、下腹部に痛みが広がっていく。
それらの痛みは、彼女を激しく蝕み続けた。
このまま体が切り刻まれ、死ぬかもしれない。
……嫌だ。
死にたくない。
彼女は涙を流していた。
ぼろぼろ泣きながら、自分の言動を振り返って激しく悔やんだ。
ごめんなさいと何度も何度も呟いた。
やがて、痛みが薄らいでいき、彼女を取り巻いていたものは消え去った。
彼女はその場に崩れ、人目も気にせず泣き続けた。
しばらくして落ち着いた彼女は、ガードレールに向かって一礼してから、その場を後にした。
翌日から、その近辺で声を聞く事はなくなった。
しかし他の場所では、相変わらず声が聞こえる。
彼女はそれらの声に、もう語りかけようとは思わなかった。
(超-1 2008/「実験」より)
思春期を過ぎた頃からそれは始まり、間もなく十年近くになる。
墓地や名所、事故現場などのそばを通ると、恨み辛みや未練たっぷりの声が強制的に響いてくる。
お守りやお祓い、インターネットで調べた方法など、全て試したが効果がなかった。
この一年ほどで、その頻度や音量はより増していた。
我慢の限界が近づきつつあった彼女は、ふとあるホームページの記事に目が留まった。
『霊魂を呼び寄せる方法』
好奇心からその記事を読み進めていた彼女に、ある考えが閃いた。
この逆をいけば、声が聞こえなくなるんじゃないだろうか?
翌日の晩、彼女はひとりである場所に向かった。
そこは見通しの悪い交差点で、追突事故が絶えない場所。
交差点の歩道に立ち、彼女は読んだ記事を順番に辿った。
『自分が味方である事をアピールしましょう』
……あたしは味方じゃないの。だから寄ってこないで。
『その場に宿っているであろう霊魂に、慈しみの念を捧げましょう』
……可哀想だなんて思わない。きっとここで事故に遭う運命だったのよ。
『そして、その思い出を声に出して伝えましょう』
……なんて言おうかな……そうだ。
「もう諦めて、みんなで天国へ行っちゃってください!」
傷跡の残るへこんだガードレールに向かって、彼女は最上の笑顔で高らかにそう告げた。
全てをやり遂げ、なんだかすっきりした気がした。
彼女は颯爽とその場と後にしようとして、できなかった。
足が見えない何かに絡め取られている。
その生暖かい何かは、足から徐々に這い上がり、彼女の全身を覆った。
……痛い……足が……痛い……。
男性の絞り出すような声とともに、左足を焼くような痛みが襲う。
……見えないよ……見えないよ見えないよ……怖い……。
男の子のすすり泣く声とともに、視界がぼやけていく。
……お願い……この子だけは……赤ちゃんだけは……助けて……っ!
女性の悲痛な訴えとともに、下腹部に痛みが広がっていく。
それらの痛みは、彼女を激しく蝕み続けた。
このまま体が切り刻まれ、死ぬかもしれない。
……嫌だ。
死にたくない。
彼女は涙を流していた。
ぼろぼろ泣きながら、自分の言動を振り返って激しく悔やんだ。
ごめんなさいと何度も何度も呟いた。
やがて、痛みが薄らいでいき、彼女を取り巻いていたものは消え去った。
彼女はその場に崩れ、人目も気にせず泣き続けた。
しばらくして落ち着いた彼女は、ガードレールに向かって一礼してから、その場を後にした。
翌日から、その近辺で声を聞く事はなくなった。
しかし他の場所では、相変わらず声が聞こえる。
彼女はそれらの声に、もう語りかけようとは思わなかった。
(超-1 2008/「実験」より)






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