【リライト】たえこ

2008年04月13日 01:11

 何処の小学校でも、一度はこっくりさんが流行する。
 僕が通っていた小学校もご他聞に漏れず、放課後の教室の片隅で、公園で、友達の家で、紙と十円玉を取り囲む子供達の姿を頻繁に見かけた。
 ある日、一人で留守番している僕の家に友達が集まり、こっくりさんをしようという話になった。
 北側の六畳の和室、その真ん中に、つたない字で書いた紙を広げ、僕たち五人はそれを取り囲むように座った。
 鳥居の上に十円玉を置き、五人の人差し指がその上に添えられると、口をそろえて唱えた。
「こっくりさん、こっくりさん、お入りください」

 何度かその文句を唱えると、十円玉がゆっくりと動き出した。
 それを合図に、僕らは他愛のない質問をした。
  クラスの女子は誰の事が好き?
  セ・リーグの今年度の優勝チームはどこ?
  今度の日曜日の天気は?
  今晩のおかずは?
  女先生の結婚相手は?
 そんな質問が続いていたが、ふと友達の一人が言った。
「名前、聞いてみようか?」
 そういえば、そんな質問をした事がない。
 面白そうなので、早速尋ねてみると、十円玉が動き出した。

 た・え・こ。

「たえこ? まるで人間みたいじゃないか」
 何気なく僕が呟くと、十円玉が独りでに動き出した。
 に・ん・げ・ん。
 お・ん・な・の・こ。
 じ・ゆ・う・に・さ・い。
「女の子だって」
「十二歳か。六年生くらいかな?」
「でも、もう死んでるんだろ?」
「何で死んだのかな?」
 い・え・な・い。
「そっか。じゃあ、何でここに来たんだ?」
 す・き。
「好き? この中に好きな男子がいるってことか?」
「誰だろう?」
 お・お・し・ま・く・ん。

 四人は一斉に、告白された大島君を見た。
 体格のいいガキ大将タイプの大島君が、耳まで真っ赤にして照れていた。
「ちょ、ちょっと……そ、そんな、お俺は、いや、ぼ、僕は……」
「へぇ、良かったじゃん大島。この、たえこって子、かわいいのかな?」
「これじゃ、顔がわからないよな」
 に・が・お・え・か・く。
「似顔絵?」
 か・み・と・え・ん・ぴ・つ。
 僕は勉強机の所まで行くと、広告の裏紙と鉛筆を持ってきた。
 畳の上に置いたそれを見るなり、大島君の体が硬直した。
 その指がゆっくり十円玉から離れ、そして右手で鉛筆を握った。
 驚く僕らに見守られながら、彼は裏紙の方を向いて姿勢を正すと、ゆっくりと鉛筆を滑らせた。
 裏紙の上に徐々に浮かび上がる、面長の顔立ち、真ん中分けのさらさらの長髪、切れ長の二重、通った鼻筋、はにかむような小さな唇。
 その細部まで、丹念に描き込まれててゆく。
 少し大人びた愛くるしいその似顔絵の隣に、綺麗なひらがなで「たえこ」と署名がされる。
 それは、図工で「1」以上取った事がない大島君の手で描かれたとは、とても思えない出来だった。

 署名が終わると、大島君の手から鉛筆が転げ落ちた。
 その途端、彼は窓辺に向かって走り、窓から顔を出すと、しきりにえづいた。
 三分ほどして、吐き気が収まった彼が戻ってきた。
「大丈夫か? たえこは?」

 絵を描いている時、大島君の意識はちゃんとあった。
 何だか体が軽く、楽しい気分だったらしい。
 絵を描いている間、背中に誰かが乗っているような感じがあった。
 その誰かが絵を描き終え、離れていった途端に吐き気を催したのだという。

「鉛筆を持っている時、その感触がなんだか変だったな。
 柔らかくて、人の指を持っているような感じだった」
 そう言いながら、大島君は日の暮れかかった窓の外の景色を、名残惜しそうに眺めていた。

 たえこの似顔絵は、大島君が持って帰っていった。
 翌日聞いてみると、勉強机の引き出しの中に仕舞ってあるという。
 あれから三十年近く経った今でも、彼はたぶん、その似顔絵を大事に持っているんじゃないだろうか。

(超-1 2008/「たえこ」より)


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