2008年04月14日 01:23
間もなく七十歳になる五代さんは、五度の結婚と四度の離婚を経験している。
理由があるのだと、彼は言う。
最初を除く四人の奥さんは裕福な名家で、彼はそこに婿入りしている。
お金も、家も、名声も、彼は手に入れてきた。
しかしそれも数年ほどで終わりを迎える。
彼はそれらを好きに出来る権利を放棄して、自ら縁を切るのだという。
そして、新たな名家に婿入りをする。
それは、心変わりや浮ついた気持ちだけではなかった。
彼の最初の結婚は十九歳の頃。
ごく普通に知り合った女性と恋に落ち、そして結ばれた。
一人息子も誕生し、幸せは長く続くかと思われた。
しかし、彼は仕事熱心ではなく、収入も安定しなくなり、生活に窮するようになった。
奥さんが生計を支えようと内職などに精を出したが、借金がかさむばかりだった。
そうして奥さんが頑張れば頑張るほど、彼は荒れた。
そしてついに、彼は妻子を家から叩き出し、縁を切った。
間もなく、奥さんの死を知らせる手紙が届いたが、彼は葬儀には参列しなかった。
その数年後、彼の左目を突然の激痛が襲った。
何かに刺し貫かれるような、激しい痛み。
それは一日に何度も、不規則に発生し、彼を悩ませた。
あちこちの眼科や総合病院を回ったが、検査をしても原因が見つからない。
彼は医者を回る一方で、宗教家や占い師などもあたった。
しかし、それでも埒があかなかった。
ある時、彼はある霊能者の元を訪れた。
その霊能者は、お金はいらないと前置きすると、彼に告げた。
原因は彼自身にあると。
かつて捨てた息子さんを探し、遭わなければならないと。
その言葉を受けて、五代さんは息子の消息を尋ねて回った。
結果、その行方を突き止める事が出来た。
息子さんは、亡き妻の実家に引き取られていた。
恐る恐る、彼はその場所を訪ねた。
彼は再会を拒否されると思っていたが、中学生になっていた息子さんは笑顔で出迎えた。
その笑顔に、亡き妻の面影があった。
五代さんは息子さんに何度も謝り、これまでの事や自分の現状、そして左目の事を話した。
その話を黙って聞いていた息子さんは、彼の瞳を見据えながら、口を開いた。
「僕はお母さんに、あなたの名前しか教えてもらえなかった」
奥さんが写真や手紙などを持って出ていく暇を、五代さんが与えなかったからだ。
胸が痛んだ。
「だから」
そう言って息子さんが、彼の目の前に手を差し出した。
手のひらの上には、何かが乗っている。
「こうするしか方法がなかった」
手のひらの上に乗っていたのは、人間の形をした紙粘土だった。
いびつな手作りの粘土人形の胴に、彼の名前がひらがなで黒く刻まれている。
その至る所に、無数の縫い針が刺さっていた。
「あなたが、これほどまでに誰かに恨まれているって事を、忘れないでください。
僕が言いたい事はそれだけです。もう帰ってください」
息子さんは笑顔でそう言い放った。
五代さんは何も言葉が出ず、逃げるようにその場を後にした。
ある夜、彼はふと目を覚ました。
横に、ほんのりと光る人影が見える。
それは、かつて彼が追い出し、苦労の挙げ句に死なせた妻の姿だった。
生前と変わらず、耐えるように正座し、俯いている妻。
その妻がそっと、膝の上で握っていた手を開いた。
その手のひらを見せるように。
そこには、無数の血豆が出来ていて、いくつかは破れ、赤黒い血がにじんでいた。
その体勢のまま、彼女は微動だにせず、何も言わない。
それで十分だった。
彼はひたすら謝り続けた。
やがて朝を迎えると、その姿は消えた。
それからも左目の痛みは治まらなかった。
しばらくして、彼はある女性と再婚する事となり、すすんで婿養子になった。
すると、左目の痛みが嘘のようになくなった。
だが、それも数年の間だけだった。
数年後、彼の左目を再び激痛が襲う。
その度、頭に『呪』の一文字がくっきりと浮かび上がる。
その呪縛から逃げるように離婚し、すぐ別の女性と再婚し、名字を変える。
それを都合三度繰り返した。
その後、五代さんは息子さんと会っていない。
間もなく、五度目の結婚から数年が経とうとしている。
(超-1 2008/「縁呪」より)
理由があるのだと、彼は言う。
最初を除く四人の奥さんは裕福な名家で、彼はそこに婿入りしている。
お金も、家も、名声も、彼は手に入れてきた。
しかしそれも数年ほどで終わりを迎える。
彼はそれらを好きに出来る権利を放棄して、自ら縁を切るのだという。
そして、新たな名家に婿入りをする。
それは、心変わりや浮ついた気持ちだけではなかった。
彼の最初の結婚は十九歳の頃。
ごく普通に知り合った女性と恋に落ち、そして結ばれた。
一人息子も誕生し、幸せは長く続くかと思われた。
しかし、彼は仕事熱心ではなく、収入も安定しなくなり、生活に窮するようになった。
奥さんが生計を支えようと内職などに精を出したが、借金がかさむばかりだった。
そうして奥さんが頑張れば頑張るほど、彼は荒れた。
そしてついに、彼は妻子を家から叩き出し、縁を切った。
間もなく、奥さんの死を知らせる手紙が届いたが、彼は葬儀には参列しなかった。
その数年後、彼の左目を突然の激痛が襲った。
何かに刺し貫かれるような、激しい痛み。
それは一日に何度も、不規則に発生し、彼を悩ませた。
あちこちの眼科や総合病院を回ったが、検査をしても原因が見つからない。
彼は医者を回る一方で、宗教家や占い師などもあたった。
しかし、それでも埒があかなかった。
ある時、彼はある霊能者の元を訪れた。
その霊能者は、お金はいらないと前置きすると、彼に告げた。
原因は彼自身にあると。
かつて捨てた息子さんを探し、遭わなければならないと。
その言葉を受けて、五代さんは息子の消息を尋ねて回った。
結果、その行方を突き止める事が出来た。
息子さんは、亡き妻の実家に引き取られていた。
恐る恐る、彼はその場所を訪ねた。
彼は再会を拒否されると思っていたが、中学生になっていた息子さんは笑顔で出迎えた。
その笑顔に、亡き妻の面影があった。
五代さんは息子さんに何度も謝り、これまでの事や自分の現状、そして左目の事を話した。
その話を黙って聞いていた息子さんは、彼の瞳を見据えながら、口を開いた。
「僕はお母さんに、あなたの名前しか教えてもらえなかった」
奥さんが写真や手紙などを持って出ていく暇を、五代さんが与えなかったからだ。
胸が痛んだ。
「だから」
そう言って息子さんが、彼の目の前に手を差し出した。
手のひらの上には、何かが乗っている。
「こうするしか方法がなかった」
手のひらの上に乗っていたのは、人間の形をした紙粘土だった。
いびつな手作りの粘土人形の胴に、彼の名前がひらがなで黒く刻まれている。
その至る所に、無数の縫い針が刺さっていた。
「あなたが、これほどまでに誰かに恨まれているって事を、忘れないでください。
僕が言いたい事はそれだけです。もう帰ってください」
息子さんは笑顔でそう言い放った。
五代さんは何も言葉が出ず、逃げるようにその場を後にした。
ある夜、彼はふと目を覚ました。
横に、ほんのりと光る人影が見える。
それは、かつて彼が追い出し、苦労の挙げ句に死なせた妻の姿だった。
生前と変わらず、耐えるように正座し、俯いている妻。
その妻がそっと、膝の上で握っていた手を開いた。
その手のひらを見せるように。
そこには、無数の血豆が出来ていて、いくつかは破れ、赤黒い血がにじんでいた。
その体勢のまま、彼女は微動だにせず、何も言わない。
それで十分だった。
彼はひたすら謝り続けた。
やがて朝を迎えると、その姿は消えた。
それからも左目の痛みは治まらなかった。
しばらくして、彼はある女性と再婚する事となり、すすんで婿養子になった。
すると、左目の痛みが嘘のようになくなった。
だが、それも数年の間だけだった。
数年後、彼の左目を再び激痛が襲う。
その度、頭に『呪』の一文字がくっきりと浮かび上がる。
その呪縛から逃げるように離婚し、すぐ別の女性と再婚し、名字を変える。
それを都合三度繰り返した。
その後、五代さんは息子さんと会っていない。
間もなく、五度目の結婚から数年が経とうとしている。
(超-1 2008/「縁呪」より)






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