2009年04月29日 01:00
賑やかな駅前の商店街を抜けた閑静な住宅街の中に、その建物はあった。
グレーと黒のタイル張りで落ち着いた外観の、十三階建てのマンション。
南側を向いたベランダには日光が降り注ぎ、景観を損なう高層建築物もない。
天井の高いエントランスは開放感があり、その片隅には独特のオブジェが彩りを添えている。
住人にステータスと充実感を与えるには、十分すぎる佇まいだった。
にもかかわらず、百合恵は居心地が悪いのだという。
入社十周年記念の同期会が行われた時、久しぶりに百合恵と再会した。
入社一年で寿退社し、二人の子供に恵まれた彼女は幸せそうに見えた。
同期の淑子とともに彼女の近況を聞いていると、そのマンションの話が出た。
築浅・駅近・角部屋という好条件に一も二もなく飛びつき、昨年購入したのだと、彼女は嬉しそうに話した。
しかし、その彼女の表情が少し曇った。
「でもね、なんか居心地悪いのよ。具体的に何処がって指摘できる訳じゃないんだけど」
彼女が謙遜したのだと思い、私は軽く聞き流した。
しかし淑子は興味を持ったようで、
「そうなんだぁ。百合恵の家、わたしん家に近いから、遊びに行ってもいい?」
などとさらりと言った。言われた百合恵が困惑するのではないかと思ったのだが、
「うん。来て来て」
と、こちらも縋るように応える。
とんとん拍子に具体的なスケジュール調整へと話が進み、二人の間に挟まれる格好となった私も成り行き上、行くことになってしまった。
エントランスのパネルに百合恵の部屋番号を入力し、到着した旨を告げるとロックが解除された。
私と淑子は自動ドアを通り、居住エリア内に足を踏み入れる。
その途端、言いようのない空気が体にまとわりつく。
冷たさと緊張感が入り交じった重々しい空気が、エリア内に広がっている。
エントランスの開放感とは真逆だ。
何となく薄気味が悪く、二人でそそくさとエレベーターに乗り込んだ。
エレベーターが百合恵の住む十一階に到着し、扉が開く。
エレベーターを降り、角部屋の百合恵の部屋まで向かおうとした時。
「なんで俺が死ななきゃなんねえんだよ!」
後方からの突然の怒声に驚き、私達はその場に固まった。
恐る恐る振り返ると、五十メートルほど離れた通路の端に、ひとりの男が立っていた。
くすんで乱れた長髪に、上下色違いのくたびれたスウェットをだらしなく着た、年齢不詳の男。
その目は血走り、理性のかけらもない。
こちらに襲いかかってきたらどうしよう……。
怯えながらも動けずにいる私達を気にもせず、スウェット男はわめき散らしている。
「馬鹿野郎! 死んでたまるか!」
スウェット男はわめきながら、一番端の部屋の扉を開けると、その中へと姿を消した。
「あれが憂鬱の原因かな?」
「……キツいね、あれ」
小声で囁きあいながら、気を取り直して百合恵の部屋に向かった。
インターホンを鳴らすと、笑顔の百合恵が私達を出迎えてくれた。
重い空気で始まったティータイムだったが、思い出話に花を咲かせるうちに、ようやく和やかな雰囲気へと切り替わった。
そして、なんとなく話題に一区切りが付いた頃。
「ろてあ!」
百合恵の下の子供が、大きな声を上げた。
二歳になったばかりのその子は、百合恵の背後、壁の一点をじっと見つめている。
「たまにこうなるのよ」
苦笑する百合恵の表情が曇っていた。
「ろてあ! ろてあ!」
「やめなさい」
百合恵が穏やかに宥めるが、子供は一点を見つめたまま、同じ言葉を繰り返す。
「ろてあ! ろてあ! ろてあ!」
「死ぬかよ!」
遠くから、あのスウェット男の怒声が聞こえてくる。
どうしていいかわからず、私達はぎこちない笑みを浮かべながら、成り行きを見守ることしかできずにいた。
「ろてあ! ろてあ!」
「死んでたまるかよ!」
「きゃあああぁぁっ!」
玄関扉の向こう側から、女性の大きな叫び声がした。
慌てて玄関先に向かい扉を開く。
扉の向こうに人の姿はなかった。
しかし、視線を落としたその先に、綺麗に揃えられた女性ものの靴があった。
そんなものは、私達が来た時にはなかった。
その靴が向いた先には、さほど高くないフェンスがある。
……まさか。
ひとつの可能性が頭をよぎる。
しかし、フェンスの向こう側を覗き、それを確認する勇気はなかった。
私達は逃げるように扉を閉め、部屋へと戻る。
リビングには、百合恵の子供が先程までと同じ姿勢で立っている。
その視線は壁の一角へと注がれたままだ。
「ろてあ!」
私は何気なく、その視線の先を見た。
そこには、男の上半身が生えていた。
その顔には、にやにやと薄笑いを浮かべている。
「いやっ!」
叫びながら、隣にいた淑子の腕をぎゅっと掴んだ。
男は嘲笑を浮かべながら、その姿を消した。
それと同時に、百合恵の子供は糸が切れたかのように姿勢を崩し、ぽかんとしている。
いつの間にか、スウェット男の怒声も止んでいた。
私達は今起こった事が理解できず、その場にへたり込んで身震いしていた。
その時、玄関のチャイムが鳴った。
玄関先には警官が立っていた。
この部屋の前から先程、投身自殺をした人がいる。
警官のその言葉が、酷く遠いもののように感じた。
その後すぐに、百合恵はその部屋を売却し、別の場所へと越した。
新居は階数の低い建物を選んだと聞いた。
超-1/2009 「ろてあ」より
http://www.kyofubako.com/cho-1/2009/entry-blog/blog.cgi/permalink/20090403085539
グレーと黒のタイル張りで落ち着いた外観の、十三階建てのマンション。
南側を向いたベランダには日光が降り注ぎ、景観を損なう高層建築物もない。
天井の高いエントランスは開放感があり、その片隅には独特のオブジェが彩りを添えている。
住人にステータスと充実感を与えるには、十分すぎる佇まいだった。
にもかかわらず、百合恵は居心地が悪いのだという。
入社十周年記念の同期会が行われた時、久しぶりに百合恵と再会した。
入社一年で寿退社し、二人の子供に恵まれた彼女は幸せそうに見えた。
同期の淑子とともに彼女の近況を聞いていると、そのマンションの話が出た。
築浅・駅近・角部屋という好条件に一も二もなく飛びつき、昨年購入したのだと、彼女は嬉しそうに話した。
しかし、その彼女の表情が少し曇った。
「でもね、なんか居心地悪いのよ。具体的に何処がって指摘できる訳じゃないんだけど」
彼女が謙遜したのだと思い、私は軽く聞き流した。
しかし淑子は興味を持ったようで、
「そうなんだぁ。百合恵の家、わたしん家に近いから、遊びに行ってもいい?」
などとさらりと言った。言われた百合恵が困惑するのではないかと思ったのだが、
「うん。来て来て」
と、こちらも縋るように応える。
とんとん拍子に具体的なスケジュール調整へと話が進み、二人の間に挟まれる格好となった私も成り行き上、行くことになってしまった。
エントランスのパネルに百合恵の部屋番号を入力し、到着した旨を告げるとロックが解除された。
私と淑子は自動ドアを通り、居住エリア内に足を踏み入れる。
その途端、言いようのない空気が体にまとわりつく。
冷たさと緊張感が入り交じった重々しい空気が、エリア内に広がっている。
エントランスの開放感とは真逆だ。
何となく薄気味が悪く、二人でそそくさとエレベーターに乗り込んだ。
エレベーターが百合恵の住む十一階に到着し、扉が開く。
エレベーターを降り、角部屋の百合恵の部屋まで向かおうとした時。
「なんで俺が死ななきゃなんねえんだよ!」
後方からの突然の怒声に驚き、私達はその場に固まった。
恐る恐る振り返ると、五十メートルほど離れた通路の端に、ひとりの男が立っていた。
くすんで乱れた長髪に、上下色違いのくたびれたスウェットをだらしなく着た、年齢不詳の男。
その目は血走り、理性のかけらもない。
こちらに襲いかかってきたらどうしよう……。
怯えながらも動けずにいる私達を気にもせず、スウェット男はわめき散らしている。
「馬鹿野郎! 死んでたまるか!」
スウェット男はわめきながら、一番端の部屋の扉を開けると、その中へと姿を消した。
「あれが憂鬱の原因かな?」
「……キツいね、あれ」
小声で囁きあいながら、気を取り直して百合恵の部屋に向かった。
インターホンを鳴らすと、笑顔の百合恵が私達を出迎えてくれた。
重い空気で始まったティータイムだったが、思い出話に花を咲かせるうちに、ようやく和やかな雰囲気へと切り替わった。
そして、なんとなく話題に一区切りが付いた頃。
「ろてあ!」
百合恵の下の子供が、大きな声を上げた。
二歳になったばかりのその子は、百合恵の背後、壁の一点をじっと見つめている。
「たまにこうなるのよ」
苦笑する百合恵の表情が曇っていた。
「ろてあ! ろてあ!」
「やめなさい」
百合恵が穏やかに宥めるが、子供は一点を見つめたまま、同じ言葉を繰り返す。
「ろてあ! ろてあ! ろてあ!」
「死ぬかよ!」
遠くから、あのスウェット男の怒声が聞こえてくる。
どうしていいかわからず、私達はぎこちない笑みを浮かべながら、成り行きを見守ることしかできずにいた。
「ろてあ! ろてあ!」
「死んでたまるかよ!」
「きゃあああぁぁっ!」
玄関扉の向こう側から、女性の大きな叫び声がした。
慌てて玄関先に向かい扉を開く。
扉の向こうに人の姿はなかった。
しかし、視線を落としたその先に、綺麗に揃えられた女性ものの靴があった。
そんなものは、私達が来た時にはなかった。
その靴が向いた先には、さほど高くないフェンスがある。
……まさか。
ひとつの可能性が頭をよぎる。
しかし、フェンスの向こう側を覗き、それを確認する勇気はなかった。
私達は逃げるように扉を閉め、部屋へと戻る。
リビングには、百合恵の子供が先程までと同じ姿勢で立っている。
その視線は壁の一角へと注がれたままだ。
「ろてあ!」
私は何気なく、その視線の先を見た。
そこには、男の上半身が生えていた。
その顔には、にやにやと薄笑いを浮かべている。
「いやっ!」
叫びながら、隣にいた淑子の腕をぎゅっと掴んだ。
男は嘲笑を浮かべながら、その姿を消した。
それと同時に、百合恵の子供は糸が切れたかのように姿勢を崩し、ぽかんとしている。
いつの間にか、スウェット男の怒声も止んでいた。
私達は今起こった事が理解できず、その場にへたり込んで身震いしていた。
その時、玄関のチャイムが鳴った。
玄関先には警官が立っていた。
この部屋の前から先程、投身自殺をした人がいる。
警官のその言葉が、酷く遠いもののように感じた。
その後すぐに、百合恵はその部屋を売却し、別の場所へと越した。
新居は階数の低い建物を選んだと聞いた。
超-1/2009 「ろてあ」より
http://www.kyofubako.com/cho-1/2009/entry-blog/blog.cgi/permalink/20090403085539



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コメント
もけ たろう | URL | -
Re: 【リライト】ろてあ
凄い!
原作がここまで変わるとは。
読みやすいし、分かりやすい。
原作では埋もれていた怪異の男も、丁度いい感じで収まっています。
面白かったです。(・∀・)
( 2009年04月29日 14:13 [編集] )
らりほ〜ん | URL | -
『ろてあ』
この長文、及びある意味まとまりに欠けていたと思われる作品をリライトされた事にまず感心してしまいました。
多分、投稿者の方も一所懸命書かれたのでしょうけど、読み手の方にまで恐怖や臨場感が伝わってこなかったんですよ。
リライト作では時系列もしっかりと書かれており、とても読みやすくなったという印象を受けました。
「ろてあ」も原文の方で「ロッテリア」と入れてしまった為に、読んだ後も「ロッテリア」が頭から離れない、という事になってしまったのですが、リライト作ではそれを書かない事により謎のままになったんですね。
とても余韻の残る言葉に変わったと思います。
怪異の方も講評での指摘も多かったように、描写が足りなかったとは思いますが、「気持ち悪い」の一言ではなく別な言い回しにより、雰囲気が増したと思います。
堪能させていただきました。ありがとうございます。
( 2009年04月30日 12:48 [編集] )
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