2008年04月14日 01:24
垣見さんは一時期、キャンプにはまっていた。
彼のバンにはキャンプ用具一式が常備され、気が向くとすぐ出掛けていき、アウトドアライフを満喫していた。
ある日、上村さん・山田さんというふたりの友人と盛り上がり、キャンプに出掛ける事になった。
しかし、初夏の行楽シーズンのキャンプ場はどこも予約客でいっぱいだった。
盛り上がっていた三人は、とにかく野営さえ出来ればいいと、場所を探して車を走らせた。
すると、山林に囲まれた中にぽっかりと拓けた平地があるのを見つけた。
数台の駐車スペースのとなりには、廃墟が野晒しになっている。
シャッターが閉まった位置口の上は、『レストラン』と書かれた錆びた看板が掛かっていた。
薄気味悪い雰囲気だったが、日も暮れかけており、そこでキャンプをする事に決めた。
駐車スペースに車を乗り入れ、その隣にテントを広げ、夕食の支度をはじめる。
食べ終わった頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
焚き火がテント周辺と、廃墟の側壁を照らし出す。
その灯りのもと、三人はビールやウイスキーを飲みながら、馬鹿話に花を咲かせた。
話しながら、垣見さんは彼らを見つめる視線に気づいた。
その視線は、闇に溶ける山林から強く感じる。
ふと思い立ち、上村さんのカメラを借りてその山林を撮影した。
連写モードになっていたカメラのフラッシュが三度光ると、フィルムを使い切ったらしく、カメラが自動的に巻き戻しをはじめた。
その頃には、酷い頭痛が彼を悩ませはじめていた。
彼は二人に侘びながらテントに入ると、頭痛薬を飲み、横になった。
しばらくして彼は、テント内に蔓延する異臭に目を覚ました。
卵が腐ったような、鼻腔を刺激する臭い。
溜まらずテントから出たが、外にもその異臭が漂う。
テントの外で酔いつぶれて寝ていた二人も、異臭に目を覚ましたらしい。
三人で臭いの元をくまなく探したが見つからない。
ますます酷くなっていく臭いに耐えきれず、三人はテントを置いて車でその場を離れた。
適当な路上で車を止めて眠り、翌朝テントを取りに戻ると、臭いは消えていた。
次の休日、上村さんが垣見さんの部屋を訪れた。
突然の訪問に驚く垣見さんの前で、彼は写真を広げはじめた。
それはあの時撮影した、三枚の写真だった。
一枚目。
地面から伸びる木々が映し出されている。
その地面から、白く細長い小さなもやが湧き出している。
二枚目。
同じアングルで木々が写っている。
一枚目と同じような位置に、やはりもやが写っている。
しかしそれは少し大きくなり、フレームの中程まで浮かび上がってきている。
やや丸く膨らんだそのもやは、大きく口を開く、人間の頭部のように見える。
三枚目。
もやはさらに大きくなり、人間の上半身のように見える。
ワイシャツにネクタイを締め、その上からエプロンをしているように見える。
間延びした首がかくんと右に曲がり、倒した頭部がスポーツ刈りであることも確認出来る。
二枚目よりも大きく、だらしなく口を開いている。
それらに驚く垣見さんに対して、上村さんはさらにこんな話をした。
あのキャンプから間もなく、彼の視界の隅に、奇妙な影が見える事がある。
その黒い影は、ゆらゆらと力なく揺れている。
はっきり見ようとすると、それは姿を消すのだという。
相談された垣見さんは、神社か寺に、その写真とネガを持って行く事を勧めた。
上村さんはそのアドバイスに従い、自分が氏子になっている神社へ持ち込んだ。
神主は渋っていたが、何とか引き取ってくれた。
その一年後、上村さんの部屋からそのネガが出てきた。
薄気味悪くなった彼は、そのネガを垣見さんに押しつけた。
受け取ったものの、薄気味悪くて部屋に持ち込むのが嫌だった彼は、それを車のダッシュボードに押し込んだ。
それから時折、車内を異臭が包むようになった。
あのキャンプの日に嗅いだ、あの臭いと同じ腐敗臭。
何度か写真を何処かの神社に持ち込もうと思ったが、実行に移そうとするとその気力がなくなり、それは果たされずにいた。
その話を聞いた私は、そのネガを見せて欲しいと彼に頼んだ。
彼はその日、車で来ていなかった為、後日郵送すると答えた。
その数日後、垣見さんは事故にあった。
運転中に他の車に追突されたのだ。
幸い、双方に大した怪我はなかったのだが、垣見さんの車は大破し、レッカーで回収された。
後日、彼が車を引き取りに行くと、ダッシュボードにあったはずのネガがなくなっていた。
最近になり、垣見さんのもとに、上村さんから相談の電話が入った。
また、あの黒い影が見え始めたらしい。
垣見さんはまだ、上村さんにネガの事を話していない。
(超-1 2008/「みのむし」より)
彼のバンにはキャンプ用具一式が常備され、気が向くとすぐ出掛けていき、アウトドアライフを満喫していた。
ある日、上村さん・山田さんというふたりの友人と盛り上がり、キャンプに出掛ける事になった。
しかし、初夏の行楽シーズンのキャンプ場はどこも予約客でいっぱいだった。
盛り上がっていた三人は、とにかく野営さえ出来ればいいと、場所を探して車を走らせた。
すると、山林に囲まれた中にぽっかりと拓けた平地があるのを見つけた。
数台の駐車スペースのとなりには、廃墟が野晒しになっている。
シャッターが閉まった位置口の上は、『レストラン』と書かれた錆びた看板が掛かっていた。
薄気味悪い雰囲気だったが、日も暮れかけており、そこでキャンプをする事に決めた。
駐車スペースに車を乗り入れ、その隣にテントを広げ、夕食の支度をはじめる。
食べ終わった頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
焚き火がテント周辺と、廃墟の側壁を照らし出す。
その灯りのもと、三人はビールやウイスキーを飲みながら、馬鹿話に花を咲かせた。
話しながら、垣見さんは彼らを見つめる視線に気づいた。
その視線は、闇に溶ける山林から強く感じる。
ふと思い立ち、上村さんのカメラを借りてその山林を撮影した。
連写モードになっていたカメラのフラッシュが三度光ると、フィルムを使い切ったらしく、カメラが自動的に巻き戻しをはじめた。
その頃には、酷い頭痛が彼を悩ませはじめていた。
彼は二人に侘びながらテントに入ると、頭痛薬を飲み、横になった。
しばらくして彼は、テント内に蔓延する異臭に目を覚ました。
卵が腐ったような、鼻腔を刺激する臭い。
溜まらずテントから出たが、外にもその異臭が漂う。
テントの外で酔いつぶれて寝ていた二人も、異臭に目を覚ましたらしい。
三人で臭いの元をくまなく探したが見つからない。
ますます酷くなっていく臭いに耐えきれず、三人はテントを置いて車でその場を離れた。
適当な路上で車を止めて眠り、翌朝テントを取りに戻ると、臭いは消えていた。
次の休日、上村さんが垣見さんの部屋を訪れた。
突然の訪問に驚く垣見さんの前で、彼は写真を広げはじめた。
それはあの時撮影した、三枚の写真だった。
一枚目。
地面から伸びる木々が映し出されている。
その地面から、白く細長い小さなもやが湧き出している。
二枚目。
同じアングルで木々が写っている。
一枚目と同じような位置に、やはりもやが写っている。
しかしそれは少し大きくなり、フレームの中程まで浮かび上がってきている。
やや丸く膨らんだそのもやは、大きく口を開く、人間の頭部のように見える。
三枚目。
もやはさらに大きくなり、人間の上半身のように見える。
ワイシャツにネクタイを締め、その上からエプロンをしているように見える。
間延びした首がかくんと右に曲がり、倒した頭部がスポーツ刈りであることも確認出来る。
二枚目よりも大きく、だらしなく口を開いている。
それらに驚く垣見さんに対して、上村さんはさらにこんな話をした。
あのキャンプから間もなく、彼の視界の隅に、奇妙な影が見える事がある。
その黒い影は、ゆらゆらと力なく揺れている。
はっきり見ようとすると、それは姿を消すのだという。
相談された垣見さんは、神社か寺に、その写真とネガを持って行く事を勧めた。
上村さんはそのアドバイスに従い、自分が氏子になっている神社へ持ち込んだ。
神主は渋っていたが、何とか引き取ってくれた。
その一年後、上村さんの部屋からそのネガが出てきた。
薄気味悪くなった彼は、そのネガを垣見さんに押しつけた。
受け取ったものの、薄気味悪くて部屋に持ち込むのが嫌だった彼は、それを車のダッシュボードに押し込んだ。
それから時折、車内を異臭が包むようになった。
あのキャンプの日に嗅いだ、あの臭いと同じ腐敗臭。
何度か写真を何処かの神社に持ち込もうと思ったが、実行に移そうとするとその気力がなくなり、それは果たされずにいた。
その話を聞いた私は、そのネガを見せて欲しいと彼に頼んだ。
彼はその日、車で来ていなかった為、後日郵送すると答えた。
その数日後、垣見さんは事故にあった。
運転中に他の車に追突されたのだ。
幸い、双方に大した怪我はなかったのだが、垣見さんの車は大破し、レッカーで回収された。
後日、彼が車を引き取りに行くと、ダッシュボードにあったはずのネガがなくなっていた。
最近になり、垣見さんのもとに、上村さんから相談の電話が入った。
また、あの黒い影が見え始めたらしい。
垣見さんはまだ、上村さんにネガの事を話していない。
(超-1 2008/「みのむし」より)




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