【リライト】金魚袋

2008年03月31日 11:02

 気づくと、そこは知らない車の後部座席だった。
 車の中には、私の隣に一人、運転席に一人、助手席に一人、人影があった。
 その姿は闇に溶けて、誰なのか確認できない。
 重苦しい沈黙が、問いかけを制しているかのようだった。

 窓の外には満天の星空が広がっている。
 その空の下、蛙の合唱が聞こえてくる。
 周囲は田畑が広がっている。
 蛙の合唱に答えるかのように、手元で何かが動いた。
 それは、ドアロックにつり下げられている小さな袋だった。
 金魚すくいでもらえる、金魚を入れる小さな袋。
 その中で、雨蛙が元気に跳ね回っていた。

 そこで目が覚めた。
 なぜか、涙があふれ出して止まらなかった。
 張り裂けそうな悲しみを押し出すかのように、しばらく涙が流れ続けた。



 その半年後、両親が離婚した。
 私と年子の兄は母に引き取られ、新天地に移り住んだ。
 母には新しい伴侶がいた。
 私と兄はその環境に違和感を覚え、馴染めずにいた。
 それを察してか、母はことあるごとに四人で出掛ける機会を作った。

 ある日、地元の駐屯地で祭りがあり、四人で遊びに行った。
 私と兄は二人だけで出店を回った。
 祭りは楽しかったが、帰りの車内は息苦しかった。
 男もそれを感じ取ったのだろう。途中で車を停めて休憩を取った。

 窓の外には満天の星空が広がっている。
 その空の下、蛙の合唱が聞こえてくる。
 周囲は田畑が広がっている。
 私と兄は車から降りて、用水路で蛙を捕まえることにした。
 うまく雨蛙を捕まえたものの、入れるものがない。
 ドアには縁日で捕った金魚を入れてある袋がぶら下がっている。
 仕方なく、金魚を用水路に逃がし、開いた袋の中に蛙を入れ、ドアを閉めた。

 車内を闇と、重苦しい沈黙が包む。
 ドアロックにつり下げられた袋の中で、雨蛙が元気に跳ね回っていた。
 それは、半年前の夢の風景と同じだった。
 あの時と同じ気持ちが沸き上がってきた。
 そしてようやく、あの時どうしてあんなに悲しかったのか、自分が今どういう状況に置かれているかを理解した。

 だけど、涙は出なかった。
 あの時の私が、今の私の分まで泣いてくれたから。


 今でも、ふとあの夢の事を思い出す時がある。
 もしあの時、夢の意味に気づいていたら、何か出来ただろうか。
 叶わない事だけど、思わずにはいられない。

(超-1 2008/「金魚袋」より)


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