【リライト】怒りの一撃

2008年04月15日 00:30

 明美さんはサラリーマンの旦那と二人の息子に囲まれた、ごく普通の主婦。

 その日の午後、明美さんは手早く掃除を済ませると、いつも通りスーパーに買い物に出掛けた。
 献立を思い浮かべながら店内を歩いていると、強烈な悪臭が鼻をついた。
 何日も風呂に入らずにいる人間の体から漂う、垢と汗と油を練り固めて腐らせたような、生理的に受け付けないあの臭い。
 その臭いの先には、ひとりの背の高い男がいた。
 衣類は黒ずみボロボロ、汚れが付着しへばりつくボサボサの髪、かさついた樹木のような黒い肌。
 だらしなく開いた口元から覗く歯は数えるほどしか残っていない。
 濁った目は恨めしげに、ポテトチップスの陳列棚を見つめている。
 店内の他の客も、品出しをしている店員も、男と臭いに全く気づいていない。
 不意に男が顔を上げようとした。
 気づかれた?
 目を合わせないように、明美さんは視線をそらした。
 数秒後、恐る恐るその方向を横目で見ると、男の姿は消えていた。
 あれだけ強烈だった臭いも、僅かほども残さず消えていた。

 買い物を済ませて家に帰り、玄関の鍵を開けようとした時、再びあの臭いがした。
 慌てて辺りをうかがったが、誰もいない。
 臭いも消えている。
 気のせいだと思い、彼女は家の中に入った。
 購入品を一通り片付けてから少し休憩を取り、そして夕食の支度に取りかかることにした。
 台所に立ち、食材を取り出していると、三度あの臭いが漂ってきた。
 今度は気のせいではない。
 彼女を伺うような陰湿な気配までする。
 彼女は無性に腹が立った。
 お腹がすいていたのかもしれないだろうけど、家にまで着いてくるなんて。
 私だけじゃなく、旦那や息子達の生活にまで立ち入ってくるのは許せない!

「あんたふざけんじゃないわよ! 人の家まで着いてきて何様のつもり? 今度現れたらただじゃおかないわよっ!」

 彼女は激しい剣幕でまくし立てながら、臭いと気配のする方向に向かって、手にしたアジシオを一握り、全力で投げつけた。
 途端に、気配と臭いがかき消えた。

 その後、あの臭いが漂うことはなくなった。
 ……主婦は強し。

(超-1 2008/「怒りの一撃」より)


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