2008年04月15日 00:44
小学四年生の頃、クラスの女子の間で、ちょっとした遊びが流行した。
それは、ある出来事がきっかけだった。
二回にあるトイレの掃除当番になった時、箒を持っていた佳織ちゃんが声を掛けてきた。
「弘美ちゃん、ちょっと来て」
トイレの奥に立つ彼女は何かに怯えているようだった。
すぐにそのそばに行くと、左側の視界の隅に、何かが見えた。
「誰かいるよね?」
思わず足を止めた私に、佳織ちゃんが言う。
左側にはトイレの個室がある。
その億から二番目の個室、半開きの扉の影に、人の姿が見えた気がした。
恐る恐る扉を開けると、そこには誰もいない。
見間違いと思い、掃除を続けた。
しかし、やはり時々、そのトイレの奥に人影らしきものが見えることがある。
「やっぱり見えたよね?」
おかっぱ頭の、赤いスカートをはいた女の子の後ろ姿。
二人が見えたものの姿は、全く同じだった。
握り拳ほどのそのドアの隙間に、はっきりとその姿が見える。
見えるのは、その個室を直視していない時、すれ違いざまの一瞬だけ。
私達はその出来事をクラスの友達に話した。
半信半疑だった子も、実際にやってみて、見えるのを確認すると驚いていた。
そうして、その奇妙な遊びは広がっていった。
やがて五年生になり教室が変わると、あのトイレは離れてしまい、徐々にその熱は冷めていった。
そんな時、部活の仲間が妙な話を聞きつけた。
あの後ろ姿が、徐々に振り返ってきているという。
五年生の間では沈静化したその遊びは、四年生に受け継がれていた。
その四年生の間で、特にハマっている子が、それに気付いたのだという。
部活の仲間に誘われて、私はあのトイレに行った。
しかしどういう訳か、私にはもうあの姿が見えなくなっていた。
「そういえば弘美ちゃん、背が伸びたじゃない?」
言われたとおり、五年生になってから十センチくらい身長が伸びている。
見える角度が変わったせいで、見えなくなってしまったのだろうか。
他の子には見えるらしく、何度もトイレの前を横切っては、きゃーきゃー騒いでいる。
「それで、振り返ってた?」
「うん。話を聞いていたせいかもしれないけど、白い横顔が見えたよ」
やがて怪談ブームも過ぎ去り、その遊びも廃れていった。
月日は流れ、私は六年生になった。
ある時、たまたま目にした怪談本に触発された私は、久しぶりにあのトイレにやってきた。
間もなく卒業式。郷愁の気持ちもあった。
ゆっくりとトイレの中に入り、あの個室の前を通り過ぎる。
見えた。
あの時は見えなかったのに。
今度も見えるとは思っていなかったのに。
おかっぱの頭、赤いスカート。
鼓動が高鳴る。
息が荒くなる。
慎重に振り返り、再び個室の前を通り過ぎる。
はっきり見えた。
白い手足。白い襟元。
そして、白い頬。
少しだけ、こちらに向いている。
魅入られたように、何度も往復する。
徐々に、その姿はこちらに向き直ろうとしている。
このまま続けてはいけない。
でも。
止まらない。
赤い唇。
ぽっかりと開いた眼窩。
その虚に見据えられ、動きが止まった。
「どうした?」
トイレの外から、男性教師に声を掛けられ、私は我に返った。
あの個室の中の影は消えていた。
(超-1 2008/「トイレの花子さん」より改題)
※せんべい猫より
この話の原題は「トイレの花子さん」という題名でしたが、「トイレの花子さん」と呼ばれるもののビジュアルイメージがポピュラーかつ崩せない程に固まっており、それを強調することで体験談本来の特異性が影を潜めてしまう結果となっていました。
リライトにあたり、本編では「花子さん」という単語を使わず、題名のみで仄かに臭わせる為、「トイレの」という部分を切り捨てました。
改題についてご理解いただければと思います。
それは、ある出来事がきっかけだった。
二回にあるトイレの掃除当番になった時、箒を持っていた佳織ちゃんが声を掛けてきた。
「弘美ちゃん、ちょっと来て」
トイレの奥に立つ彼女は何かに怯えているようだった。
すぐにそのそばに行くと、左側の視界の隅に、何かが見えた。
「誰かいるよね?」
思わず足を止めた私に、佳織ちゃんが言う。
左側にはトイレの個室がある。
その億から二番目の個室、半開きの扉の影に、人の姿が見えた気がした。
恐る恐る扉を開けると、そこには誰もいない。
見間違いと思い、掃除を続けた。
しかし、やはり時々、そのトイレの奥に人影らしきものが見えることがある。
「やっぱり見えたよね?」
おかっぱ頭の、赤いスカートをはいた女の子の後ろ姿。
二人が見えたものの姿は、全く同じだった。
握り拳ほどのそのドアの隙間に、はっきりとその姿が見える。
見えるのは、その個室を直視していない時、すれ違いざまの一瞬だけ。
私達はその出来事をクラスの友達に話した。
半信半疑だった子も、実際にやってみて、見えるのを確認すると驚いていた。
そうして、その奇妙な遊びは広がっていった。
やがて五年生になり教室が変わると、あのトイレは離れてしまい、徐々にその熱は冷めていった。
そんな時、部活の仲間が妙な話を聞きつけた。
あの後ろ姿が、徐々に振り返ってきているという。
五年生の間では沈静化したその遊びは、四年生に受け継がれていた。
その四年生の間で、特にハマっている子が、それに気付いたのだという。
部活の仲間に誘われて、私はあのトイレに行った。
しかしどういう訳か、私にはもうあの姿が見えなくなっていた。
「そういえば弘美ちゃん、背が伸びたじゃない?」
言われたとおり、五年生になってから十センチくらい身長が伸びている。
見える角度が変わったせいで、見えなくなってしまったのだろうか。
他の子には見えるらしく、何度もトイレの前を横切っては、きゃーきゃー騒いでいる。
「それで、振り返ってた?」
「うん。話を聞いていたせいかもしれないけど、白い横顔が見えたよ」
やがて怪談ブームも過ぎ去り、その遊びも廃れていった。
月日は流れ、私は六年生になった。
ある時、たまたま目にした怪談本に触発された私は、久しぶりにあのトイレにやってきた。
間もなく卒業式。郷愁の気持ちもあった。
ゆっくりとトイレの中に入り、あの個室の前を通り過ぎる。
見えた。
あの時は見えなかったのに。
今度も見えるとは思っていなかったのに。
おかっぱの頭、赤いスカート。
鼓動が高鳴る。
息が荒くなる。
慎重に振り返り、再び個室の前を通り過ぎる。
はっきり見えた。
白い手足。白い襟元。
そして、白い頬。
少しだけ、こちらに向いている。
魅入られたように、何度も往復する。
徐々に、その姿はこちらに向き直ろうとしている。
このまま続けてはいけない。
でも。
止まらない。
赤い唇。
ぽっかりと開いた眼窩。
その虚に見据えられ、動きが止まった。
「どうした?」
トイレの外から、男性教師に声を掛けられ、私は我に返った。
あの個室の中の影は消えていた。
(超-1 2008/「トイレの花子さん」より改題)
※せんべい猫より
この話の原題は「トイレの花子さん」という題名でしたが、「トイレの花子さん」と呼ばれるもののビジュアルイメージがポピュラーかつ崩せない程に固まっており、それを強調することで体験談本来の特異性が影を潜めてしまう結果となっていました。
リライトにあたり、本編では「花子さん」という単語を使わず、題名のみで仄かに臭わせる為、「トイレの」という部分を切り捨てました。
改題についてご理解いただければと思います。






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