【リライト】キューピット様

2008年04月15日 00:51

 キューピット様って知ってる?
 俺が中学の時、学校中で流行してたんだよ。
 紙にハート型にひらがなを、『あ』から『ん』まで並べて書いて、その中に『はい』、『いいえ』、『♂』、『♀』、あとゼロから十まで書いて、真ん中に鳥居を書く。
 その鳥居の上に十円玉を置いて、みんなでその十円玉の上に指を置いて、こう唱える。
「キューピット様、キューピット様、お越しください」
 ま、要はコックリさんなんだよ。
 地方によっちゃ、守護神様だとかエンゼル様だとか、中には金星人様、なんて呼び方までされてたけど、根っこは同じ。

 俺も仲間三人と、そのキューピット様を試したんだよ。
 土曜の夜、秋葉君って友達の家に泊まり込んで、午前二時になるのを待った。
 何で午前二時かっていうと、その時間が一番、キューピット様が降りてくるんだって。
 誰が言い始めたのかは知らないけど。
 普通は眠くなる時間だけど、四人とも目をギラギラさせて、時計を睨んでたな。
 針が午前二時ジャストになるのを見計らって、早速、お題目を唱えた。
 四人の指を乗せた十円玉が、『はい』の所に動いた時は、思わず歓声をあげたよ。

 で、呼んだはいいけど、質問することなんてたかが知れてる。
 誰が誰を好きだ? とか、俺は将来何になってる? とか。
 キューピット様はというと、まじめに答える時もあれば、ぶっきらぼうに答えたり、出鱈目としか思えない答えをしたり、対応がてんでバラバラ。
 わいわい言いながら質問を繰り返していたら、ひとりがこんな質問をしたんだ。
「キューピット様は男ですか? 女ですか?」

 そうしたら十円玉が、『♂』と『♀』のちょうど真ん中に止まったんだ。

「なんだ? キューピット様はオカマかぁ?」
 ひとりが笑うと、その声に反応したかのように、十円玉が『♂』と『♀』の間を行ったり来たりしはじめた。
「なんだよこれ。誰が動かしてるんだよ。おい、止めろよっ」
「俺じゃないぞ」
「俺も違うぞ」
「俺でもないって」
 三人がめいめいに言うと、全員が俺を見る。なんで俺なんだよ。
 三人の目が、嘘でもいいから俺だと言え、と願ってるのがわかる。
「残念ながら、俺でもない」
 そんな期待に応えてられるか。
「本当に来てるのか? キューピット様……」
 秋葉君が呟いて部屋を見回す。俺達と違って今後もここに住むんだから、不安なのは当たり前だな。
 その不安を裏付けるように、部屋の空気がいつのまにか、あり得ないほど重くなっている。
「思ったんだけど……このキューピット様、ひとりじゃないんじゃないか?」
 俺が思い浮かべていた疑問と同じことを、仲間のひとりが呟いた。
 あのてんでバラバラな答え方。ひとりでやってるとは思えない。
 こうなったら、確かめるしかない。
「キューピット様、キューピット様、あなた方は何人出来てるんですか?
 人数を知りたいので、右手で壁を叩いてください」
 その言葉に応えて、十円玉が『はい』のところに移動した。

 ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!

 壁が勢いよく連打された。数を数えるどころじゃない。
 部屋全体を、外側から無数の右手が叩く。

 ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!

 連打がひたすら続く。その叩き方はどんどん強く荒くなっていく。
 天井の蛍光灯が揺れ、壁際の本棚から本がばらばら落ちてくる。
 みんな口々に泣きそうな声で悲鳴を上げてた。
 だけど、誰一人として十円玉から指を離さない。
 いや、離れない。
 指が十円玉に貼り付き、何度引っ張っても離れない。
 仲間のひとりは、指を伸ばした体勢のまま、気を失って倒れている。
 もうひとりは蹲ってガタガタ震えている。
 秋葉君も顔面蒼白で、今にも倒れそうだ。
 また、残ってるのは俺だけ?
 何でこうなるんだ。

「キューピット様キューピット様! もう数はわかったんで叩くのはやめてくださーい!」
 早口で叫び倒した。

 ドンッ!!

 車でも飛び込んできたかのような、ひときわ大きい音がした。
 だけど、その音を最後に音が止んだ。
 正直、自分でも効果があるとは思わなかった。
「い、いなくなったのか?」
 秋葉君が震える声で訪ねてくる。
 俺は黙って、十円玉の方を見る。それで彼もわかったらしい。
 指はまだ、十円玉から離れない。
「どうするよ?」
 彼は泣きそうな声で俺に聞いてくる。やっぱり俺なのか。今度も俺なのか。

「キューピット様キューピット様、今日はありがとうございました。もう帰ってください」
 →『いいえ』
「キューピット様キューピット様、今日はありがとうございました。もう帰ってください」
 →『いいえ』
「キューピット様キューピット様、今日はありがとうございました。もう帰ってください」
 →『いいえ』

 押し問答がひたすら続く。
 しかし続けるしかない。

「キューピット様キューピット様、今日はありがとうございました。もう帰ってください」
 →『いいえ』

 もう三時間は繰り返しただろうか。

「キューピット様キューピット様、今日はありがとうございました。もう帰ってください」
 文句を言う声もすっかり枯れている。
 かすむ視線の先で、十円玉が動き始める。

『はい』

 その瞬間、十円玉から指が離れた。
 俺は秋葉君と顔を見合わせ、大きく溜息をついた。
 勝利の余韻を味わう間もなく、俺達は意識を失った。



「みんなー、もう起きなさーい」

 秋葉君の母親の呼び声で、俺達は目を覚ました。
 四人は顔を見合わせたが、言葉が出てこなかった。
「メシ、食うか……」
 ようやく発せられた秋葉君の言葉に、四人はふらふらとその部屋を出る。
 最後尾の俺は、出る時に室内を振り返った。
 散乱した本、テーブルの上の紙と十円玉。
 そして、壁に残るひび割れ。
 ……最後の音の時についたとしか思えないそれに背を向けた。

「終わったんだ……」
 そう言い聞かせながら、俺はその部屋を後にした。

(超-1 2008/「キューピット様」より)


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