2008年04月16日 23:35
こういう運命もあるのよ。
大塚さんの義母は静かに語る。その口調には、何処か達観したようなものを感じられた。
大塚さんが大学に入学してから、半年ほどでご両親が亡くなった。
事故死、ということになっているが、実際は限りなく自殺に近い。
当時、ご両親は多額の借金を抱えていた為、死を選ばざるを得なかったのではないか、と彼は思っている。
大学を中退したのは、決して金銭面だけのことではなかったのかも知れない。
ある日、酷く落ち込んでいた大塚さんのもとに来客があった。
その女性は、ご両親の友人だという。
彼女は仏壇に手を合わせると、大塚さんに言った。
困ったことがあれば、いつでも相談に乗ると。
それは、どこでも聞かれる常套句。
しかし、彼女の場合は言葉だけではなかった。
様々な悩みに対し、彼女は親身になって答えてくれた。
また、少なからず金銭面の援助も受けた。その額も決して少なくはない。
返金の時期が来ても催促もなく、用立てて持って行っても受け取ってもらえない。
将来のことに使いなさい。
そう言って笑うのだ。
やがて仕事も軌道に乗り始め、大塚さんはあのご婦人の娘さんと所帯を持った。
二人は長男長女を設け、十歳年上の姉さん女房の尻に敷かれる平和な生活を送っていた。
所帯を持ってみて、彼は義母となったあの女性の献身が尋常ではない、と思った。
何が彼女を突き動かしているのか。彼は知りたくなった。
そして、ある時、彼は義母にその疑問を打ち明けた。
こういう運命もあるのよ。
大塚さんの義母は静かに語る。その口調には、何処か達観したようなものを感じられた。
そしてまた、一抹の影もそこにあった。
義母も幼い頃、大塚さんと同じように、事故で両親を失っている。
しかしすぐに、義母を援助してくれる者が現れ、やはりトラブルなどは解消し、良い方向へ向かった。
その方には息子さんがいたが、今回のことが縁で叔母と結婚した。
そして、次は大塚さんを助ける番なのだという。
「決してこれは偶然ではないの。でも、確実にそうなるというわけでもないわ。
ただ、私の両親もまた、両親の知人と言うだけで、見ず知らずの方に助けて戴いたの。
もしあなたが、同じようなことになったら、その時は快く引き受けてあげて。
少なくとも、そうすることで得られる幸せもあるのだから」
叔母はそう言うと微笑んだ。
「こうなる時には前兆があるの。
夢に、作りかけの木の鳥居が現れるようになるの。
それが朱色に変わったら……必ず、その鳥居をくぐりなさい」
義母の顔から笑顔が消えていた。
「必ず、必ずですよ」
そう言い残した義母も、昨年亡くなった。
秋になり、四十五歳を迎えた大塚さんは、夢のことが気になっていた。
木の作りかけの鳥居。
それが現れ始めていた。
そして年が明けた。
突然、大塚さんが亡くなった。
「父が亡くなってから、家を走る人影が目に付くようになりました。
視界の隅に見えるんですが、女性かな、と言うくらいしかわからなくて。
……私、家の中が、なんだか怖くて」
大塚さんの娘は心底怯えているようだ。
おそらく、叔母の話も聞かされていないのだろう。
大塚さんは鳥居をくぐったのか、くぐらなかったのか。
今起きていることが、くぐったが故のことなのか、くぐらなかったが故のことなのか。
もう、それを知る術はない。
(超-1 2008/「縁」より)
大塚さんの義母は静かに語る。その口調には、何処か達観したようなものを感じられた。
大塚さんが大学に入学してから、半年ほどでご両親が亡くなった。
事故死、ということになっているが、実際は限りなく自殺に近い。
当時、ご両親は多額の借金を抱えていた為、死を選ばざるを得なかったのではないか、と彼は思っている。
大学を中退したのは、決して金銭面だけのことではなかったのかも知れない。
ある日、酷く落ち込んでいた大塚さんのもとに来客があった。
その女性は、ご両親の友人だという。
彼女は仏壇に手を合わせると、大塚さんに言った。
困ったことがあれば、いつでも相談に乗ると。
それは、どこでも聞かれる常套句。
しかし、彼女の場合は言葉だけではなかった。
様々な悩みに対し、彼女は親身になって答えてくれた。
また、少なからず金銭面の援助も受けた。その額も決して少なくはない。
返金の時期が来ても催促もなく、用立てて持って行っても受け取ってもらえない。
将来のことに使いなさい。
そう言って笑うのだ。
やがて仕事も軌道に乗り始め、大塚さんはあのご婦人の娘さんと所帯を持った。
二人は長男長女を設け、十歳年上の姉さん女房の尻に敷かれる平和な生活を送っていた。
所帯を持ってみて、彼は義母となったあの女性の献身が尋常ではない、と思った。
何が彼女を突き動かしているのか。彼は知りたくなった。
そして、ある時、彼は義母にその疑問を打ち明けた。
こういう運命もあるのよ。
大塚さんの義母は静かに語る。その口調には、何処か達観したようなものを感じられた。
そしてまた、一抹の影もそこにあった。
義母も幼い頃、大塚さんと同じように、事故で両親を失っている。
しかしすぐに、義母を援助してくれる者が現れ、やはりトラブルなどは解消し、良い方向へ向かった。
その方には息子さんがいたが、今回のことが縁で叔母と結婚した。
そして、次は大塚さんを助ける番なのだという。
「決してこれは偶然ではないの。でも、確実にそうなるというわけでもないわ。
ただ、私の両親もまた、両親の知人と言うだけで、見ず知らずの方に助けて戴いたの。
もしあなたが、同じようなことになったら、その時は快く引き受けてあげて。
少なくとも、そうすることで得られる幸せもあるのだから」
叔母はそう言うと微笑んだ。
「こうなる時には前兆があるの。
夢に、作りかけの木の鳥居が現れるようになるの。
それが朱色に変わったら……必ず、その鳥居をくぐりなさい」
義母の顔から笑顔が消えていた。
「必ず、必ずですよ」
そう言い残した義母も、昨年亡くなった。
秋になり、四十五歳を迎えた大塚さんは、夢のことが気になっていた。
木の作りかけの鳥居。
それが現れ始めていた。
そして年が明けた。
突然、大塚さんが亡くなった。
「父が亡くなってから、家を走る人影が目に付くようになりました。
視界の隅に見えるんですが、女性かな、と言うくらいしかわからなくて。
……私、家の中が、なんだか怖くて」
大塚さんの娘は心底怯えているようだ。
おそらく、叔母の話も聞かされていないのだろう。
大塚さんは鳥居をくぐったのか、くぐらなかったのか。
今起きていることが、くぐったが故のことなのか、くぐらなかったが故のことなのか。
もう、それを知る術はない。
(超-1 2008/「縁」より)




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