【リライト】側溝

2008年04月18日 23:33

 深夜、レンタルショップに向かう途中で、喉の渇きを覚えた。
 見ると、通り道にあるディスカウントショップの前に、自販機の灯りが見えた。
 昼間は買い物客で賑わうこの近辺も、深夜は静まりかえっている。
 自販機の前に立ち、財布から硬貨を取り出そうとした時、手元が滑って硬貨を落としてしまった。
 硬貨はコロコロと転がり、三メートルほど先の側溝を被う排水蓋の隙間に落ちた。

 コンクリートの排水蓋は、持ち手となる左右の隙間以外は土砂が詰まり、容易に持ち上がりそうにない。
 その隙間から携帯電話の液晶の灯りを当てると、硬貨のものと思われる、小さい反射光が見えた。
 幸い、隙間は手のひらが入りそうな大きさ。
 迷わず左手を突っ込む。
 しかし側溝は思ったより深く、底に辿り着く前に手が進まなくなってしまった。
 どうにか手を伸ばそうともがいていると、その指先を何かが挟んだ。
 その感触は柔らかく、しっとりしている。

 慌てて左手を引っ込め、その指先を見たが、特に変なところはない。
 思い切って、その隙間を覗き込んだ。
 硬貨のそばに、黒くもやもやした何かが蠢いている。
 それが徐々、に灯りの下にやってくる。
 そして、不意にそのもやもやが途切れた。

 もやもやしていたものは、乱れた黒髪だった。
 その黒髪の途切れたところに、目があった。
 血走った目で、こちらを見上げている。
 だとしたら、さっき指先を挟んだ……いや、噛んだのは。

 まっしぐらに近くの吉野家に飛び込み、聞かれてもいないのにさっきの出来事をまくし立てた。
 最初は迷惑そうな顔をしていた客のうち、三人がその話に興味を示し、彼らとともに側溝に戻ることになった。
 ひるむ私の前で三人は排水蓋をあっさりどかすと、硬貨を拾い上げた。
「ほら兄ちゃん、もう落とすなよ」
 側溝の中には、何もいなかった。

 すっきりしないまま部屋に戻り、左手の指先を眺めた。
 やはり何もない。
 なんとなく、その指先を顔に近づけた。
 途端に悪臭が鼻をつく。
 生臭い、唾液を煮染めたような臭い。
 慌てて洗面所へ走ると、指先を石けんで繰り返し洗い続けた。

 それから、左手を顔の前に持ってくることが出来なくなった。
 また、あの臭いがしそうで。

(超-1 2008/「僕が左手で缶コーヒーを飲めなくなった理由」より改題)

※せんべいい猫より
 この話の原題は「僕が左手で缶コーヒーを飲めなくなった理由」という題名でしたが、長くて説明臭く、本編とのかみ合わせも悪かった為、怪異の潜む「側溝」を題名に据えて強調することにしました。
 改題についてご理解いただければと思います。


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