【リライト】監視員

2008年04月18日 23:51

 前沢さんは海に入ることが出来ない。
 それには理由があった。

 前沢さんは小さい頃、海沿いの町に暮らしていた。
 その頃の彼は他の子供と同様に海辺で遊び回っていた。
 ある日、仲の良い井野君と防波堤で遊んでいると、井野君の野球帽が風に飛ばされた。
 彼はそれを追いかけていったが、足下が滑り、海に落ちてしまった。
 秋の冷たい海水に思うように動けず、彼は海流に乗って沖へと流されていく。
 泳げない前沢さんはどうすることも出来ず、助けを呼ぼうとした。
 すると、井野君に向かって近づいていく人影が見えた。
 夏の海辺にいるような監視員が、井野君を助けに向かったんだと、前沢さんは思った。
 だが、何かがおかしい。

 その人影は、泳ぎながら笑っていた。
 さらに、激しく泳いでいるにもかかわらず、その周辺に水飛沫が立っていない。
 水面を滑るように、それは井野君に向かって泳いでいく。
 あっという間に井野君の所に辿り着いたそれは、溺れる彼の頭を掴み、のしかかった。
 笑いながら、彼を沈めようとしている。

 いや、笑っているのではない。
 顎が千切れかけ、辛うじて薄皮一枚でぶら下がっている。
 おかしいのは顎だけではない。
 鼻、耳と言ったパーツもぐずぐずに崩れ、原形を留めていない。
 頭髪は抜け落ち、ぶよぶよと腐食した肌が露出している。
 唯一残った目玉が、前沢さんを睨んだ。

 たまらず彼は逃げだし、近隣の家に飛び込んだ。
 すぐさま救助隊が出動し、井野君を発見したが、すでに息はなかった。

「海ほど恐ろしいところはないですよ……」
 そう漏らす前沢さんの表情は暗く沈んでいた。

(超-1 2008/「監視員」より)


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