2008年04月21日 03:54
河野君には忘れられない記憶がある。
それは、小学校にあがるかあがらないかくらいの時、父と行った遊園地での記憶。
様々なアトラクションで遊んだらしいのだが、そのどれもが思い出せない。
しかし一箇所だけ、はっきりと憶えているのだ。
それは、お化け屋敷。
初めて入るお化け屋敷に、河野君はどきどきしていた。
入り口をくぐるとそこはまだ広く灯りのある空間で、前方に緩やかな登りになっている橋がある。
その橋を越えた先には、薄暗いトンネルが口を開けて待っている。
本当のスタート地点を前に、河野君はすでに圧倒されていた。
橋の左右には十数名の男女の従業員が、てんでばらばらに立って、彼の方を見ている。
その橋の向こう、トンネルの入り口の壁からは、無数の青白い手が生え、ゆらゆらと蠢いている。
橋は渡れても、あのトンネルはとてもじゃないけど入れない。
怯える彼をよそに、父は橋を渡りはじめた。
彼は橋の手前で動けなくなり、表情で父に訴えた。
しかし父は彼の手を取って歩き始めた。
「せっかく入場料も払ったし、そんなに怖い所じゃないよ。一緒に行こう。」
引きずられるように歩く彼を、左右に居並ぶ従業員がにやにやしながら見下ろしている。
恐怖と屈辱に耐えながら進む彼の前に、あのトンネルの入り口が迫った。
覚悟を決め、目を瞑りながらトンネルの中に入った。
あれだけ入り口を取り囲んでいた手が、彼の体に触れる事はなかった。
しかし、館内の雰囲気を盛り上げる音楽に合わせて、狂ったような叫び声が館内に響き渡る。
その叫び声が、彼の頭を締め付けた。
これ以上ここにいたら、これ以上先に進んだら……おかしくなってしまう。
限界だった。
彼は父の手を振りほどき、入り口へ向かって逆走した。
途中、あのトンネルの入り口が迫り、無数の手が彼に向かって掴みかかった。
しかしそれらの手は彼の体をすり抜け、宙を掴むだけだった。
小馬鹿にするような嘲笑を浮かべた従業員の間を抜け、彼はようやく外に飛び出した。
数年後、中学生になった河野君は、友人とともにあの遊園地を再訪した。
そして、あのお化け屋敷に入った。
怖さはもちろんあったが、少し成長したその目で、改めて確認をしたかったのだ。
しかし、館内は彼の記憶通りの造りだったのだが、あの従業員達も、無数の手も、大音量の絶叫もなかった。
薄暗い中に、作り物のお化けが数体いるだけの、つまらないお化け屋敷だった。
(超-1 2008/「お化け屋敷」より)
それは、小学校にあがるかあがらないかくらいの時、父と行った遊園地での記憶。
様々なアトラクションで遊んだらしいのだが、そのどれもが思い出せない。
しかし一箇所だけ、はっきりと憶えているのだ。
それは、お化け屋敷。
初めて入るお化け屋敷に、河野君はどきどきしていた。
入り口をくぐるとそこはまだ広く灯りのある空間で、前方に緩やかな登りになっている橋がある。
その橋を越えた先には、薄暗いトンネルが口を開けて待っている。
本当のスタート地点を前に、河野君はすでに圧倒されていた。
橋の左右には十数名の男女の従業員が、てんでばらばらに立って、彼の方を見ている。
その橋の向こう、トンネルの入り口の壁からは、無数の青白い手が生え、ゆらゆらと蠢いている。
橋は渡れても、あのトンネルはとてもじゃないけど入れない。
怯える彼をよそに、父は橋を渡りはじめた。
彼は橋の手前で動けなくなり、表情で父に訴えた。
しかし父は彼の手を取って歩き始めた。
「せっかく入場料も払ったし、そんなに怖い所じゃないよ。一緒に行こう。」
引きずられるように歩く彼を、左右に居並ぶ従業員がにやにやしながら見下ろしている。
恐怖と屈辱に耐えながら進む彼の前に、あのトンネルの入り口が迫った。
覚悟を決め、目を瞑りながらトンネルの中に入った。
あれだけ入り口を取り囲んでいた手が、彼の体に触れる事はなかった。
しかし、館内の雰囲気を盛り上げる音楽に合わせて、狂ったような叫び声が館内に響き渡る。
その叫び声が、彼の頭を締め付けた。
これ以上ここにいたら、これ以上先に進んだら……おかしくなってしまう。
限界だった。
彼は父の手を振りほどき、入り口へ向かって逆走した。
途中、あのトンネルの入り口が迫り、無数の手が彼に向かって掴みかかった。
しかしそれらの手は彼の体をすり抜け、宙を掴むだけだった。
小馬鹿にするような嘲笑を浮かべた従業員の間を抜け、彼はようやく外に飛び出した。
数年後、中学生になった河野君は、友人とともにあの遊園地を再訪した。
そして、あのお化け屋敷に入った。
怖さはもちろんあったが、少し成長したその目で、改めて確認をしたかったのだ。
しかし、館内は彼の記憶通りの造りだったのだが、あの従業員達も、無数の手も、大音量の絶叫もなかった。
薄暗い中に、作り物のお化けが数体いるだけの、つまらないお化け屋敷だった。
(超-1 2008/「お化け屋敷」より)




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