【リライト】にゅうどうぐも

2008年04月22日 23:40

 小田さんはまだ幼い頃、神戸ののどかな住宅街にある古い家で育った。
 古いといっても旧家屋の重々しい雰囲気ではなく、どことなく暖かみのある家だった。

 夏休みが間もなく終わりを迎えそうな頃、小田さんは一人で留守番をしていた。
 日が傾き、夕日が室内に差し込むと、美しいセピアに彩られる。
 小田さんは、どっしりとした雰囲気の仏間と、そこから見える夕景が好きだった。
 その日も彼女は、折り紙を持って仏間に来ると、部屋の中央にある大きな卓袱台の下に足を伸ばして座った。

 そこでしばらく、黙々と折り紙を折り続けていると、右足の甲に何かが触れた。
 ふわっとした、髪の毛か糸のような細い感触。
 不思議に思った彼女は卓袱台の下を覗き込んだ。
 彼女の足の右側に、畳一畳分は有ろうかという丸っぽい影があった。
 卓袱台の影になっていてその姿はよく見えない。
 そしてその影から、白く光る細長いものがいくつか伸びていて、そのうちの一つが彼女の右足の甲に乗りかかっていた。

 小田さんは動けなかった。
 ただ、不思議と怖さは感じていなかった。
 見守る中、影はもう一本の細長いものを彼女の足の上に乗せ、ゆっくり動き出した。
 どうやら、彼女の足を乗り越えようとしているらしい。
 幼い子供の小さな足くらい、軽く一跨ぎ出来そうなものだが、影は慎重に歩みを進め、ようやく彼女の足の上に乗りかかった。
 細いものが当たる感触のみが彼女の足に触れ、影そのものの重さは全く感じない。
 彼女の足を半分ほど超えたところで、その姿が夕日に照らし出された。

 それは白っぽい、大きな蜘蛛だった。
 しっかりとした丸い胴体から、細長い糸のような足がするっと伸びている。
 やがて、それは彼女の足を完全に乗り越えると、素早く動き、壁の向こうへ消えていった。

 その家には昔から、小さい蜘蛛を頻繁に見かけることはあったが、そんなに大きい蜘蛛を見たことはなかった。
 家族に聞いても、そんなものは見たことがないという。
「蜘蛛達の親玉やったんかなぁ…?」
 と、幼い彼女は首をかしげていた。

 残念ながら、その家は阪神大震災で全壊した。
 移転後は何事もなく年月が過ぎ、現在、彼女は都会で一人暮らしをしている。
 その部屋に、小さい蜘蛛が頻繁に出るのだという。
「もしかしたら、そのうちあの大きな白い蜘蛛が出るかも」
 彼女は困ったような、でもちょっと期待するかのように語った。

(超-1 2008/「にゅうどうぐも」より)


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