【リライト】寺町の穴

2008年04月23日 23:11

 私の家の近所に、寺町がある。
 寺町というのは、一箇所に寺院が密集している地域を指す。
 その名に違わず、その町も県道の沿線に寺院が並び、墓地を囲む塀が続いている。

 深夜二時過ぎ、田代君と金沢君は人気のない寺町の歩道を歩いていた。
 酔いを覚ます為に、特に目的もなく喋りながら歩く。
 不意に、田代君が足を止めた。
「この塀、いい感じに覗き穴が空いてるわ」
 そう言いながら、歩道沿いの塀に顔を向け、中腰になる。
 背伸びをすれば塀の向こうは簡単に見えるのだが、穴から覗くのがいいらしい。
「うーん、雰囲気があってなかなか」
 しばらくその景色を堪能していた田代君は、塀から離れるとニタニタしながら金沢君の方を見る。
 促されて、金沢君も穴を覗き込んだ。

 穴の向こうには、月明かりに照らされた青い墓石がひとつ、墓地のど真ん中に立っている。
 その周囲は闇に包まれ、その墓石だけがくっきりと浮かび上がっている。
「確かに雰囲気あるねぇ」
 そう言った時、ひゅうと冷たい風が、彼の背中を通り過ぎた。
 春の夜風は冷たく、彼はジャンパーのファスナーを閉めると、再び穴を覗き込んだ。

 何も見えなかった。
 急に穴が塞がれたようだ。
 目をこらしていると、穴を塞ぐ障害物が徐々に離れはじめた。
 黒かったのは、人間の目だった。
 眼球から眉、鼻筋、そして顔の全体が見える。
 目を見開いた、白装束の女が立っている。
 それに、さっきまで見えていた青い墓石がどこにも見あたらない。

 反射的に壁から飛び退いた。
「な、雰囲気あるべ?」
 田代君が暢気に言った。

 その帰り道、金沢君は田代君に、穴の向こうに何が見えたのか聞いてみた。
 穴の向こうには、いくつかの墓石が並ぶ、ごく普通の墓地の風景が見えたのだという。

(超-1 2008/「寺町の穴」より)


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