【リライト】増殖

2008年04月23日 23:13

 夜中、佳奈美さんは誰かに名前を呼ばれて目が覚めた。
 一人暮らしの1DK、彼女以外は誰もいない。
 起き上がり、布団の上であぐらを組んで座っていると、体が動かなくなった。
 そして、右隣に人の気配を感じた。
 姿を見ない方がいい、そう思って目を閉じた。

『かーごーめー、かーごーめー』

 声が頭に直接響き、気配が自分の周囲をまわりはじめた。

『かーごのなーかのとーりーはー、
 いーつーいーつーでーやーるー、よーあーけーのーばーんーにー』

 その声は中年男性のものだった。
 ゆっくりと一字一句をかみしめるように、その声は続く。

『つーるとかーめがすーべったー、うしろのしょうめん、だーあれ?』

 歌が止まった。
 彼女の答えを待つような沈黙。
 何者かの息遣いが彼女に迫る。
(来ないで来ないで……)
 彼女は心の中で何度も繰り返した。

『かーごーめー、かーごーめー』

 再び声がし、気配が動き出した。
 しかし、声と気配は彼女を挟むように伝わってくる。
 そう、気配が二人に増えている。
 ふたつの気配は、全く同じ声で歌を歌い続ける。

『うしろのしょうめん、だーあれ』

 また歌声が止む。
 首筋に、息が吹き掛けられる。
 彼女はずっと、同じ言葉を繰り返す。
(来ないで来ないで……)

『かーごーめー、かーごーめー』

 三度声がする。
 気配は四つに増えている。

『うしろのしょうめん、だーあれ』

 三度歌声が止む。

 何度それが繰り返されただろうか。
 すでに気配は佳奈美さんを取り囲むほどに増殖している。

『うしろのしょうめん、だーあれ』

 限界だった。
「キモいんだよバカ! てめーが誰なのか知らねぇよ!」
 彼女は大声で罵倒した。
 沈黙の後、彼女の背後でぼそぼそと呟くような声が聞こえだした。

「……あ、あっ……あっ、あつ、あつ」
 それは周囲の気配にも伝染していく。
「あつ、あつ、あつし! あつし! あつし! あつし! あつし! あつし! あつし! あつし! あつし!」
 名前の連呼の大合唱が響く。
「あつし! あつし! あつし! あつし! あつし! あつし! あつし! あつし! あつし! あつし! あつし!」
 その声に囲まれながら、彼女は意識を失った。

 我に返った時には、窓から差し込む朝日が、布団にあぐらを組んだ姿勢のままの彼女を照らしていた。

(超-1 2008/「増殖」より)


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