【リライト】川西

2008年04月24日 23:25

 川西には行きたくない、と広瀬君は言う。
 しかし、引越社という職業上どうしても通らざるを得ない状況が何度もある。
 川西方面へ向かう薄暗い山道を通る度、彼は激しい頭痛と吐き気に襲われる。
 そして、見てしまうのだ。

 その日の夕暮れ時も、彼を乗せたトラックは川西方面へ向けて走っていた。
 朝からあちこち走り回って疲労困憊の彼を、容赦なく頭痛と吐き気が襲う。
(……ああ、もう。疲れてんのに)
 現場に到着する頃には、彼はへとへとになっていた。
 現場は閑静な住宅街なのだが、その一角だけが妙に闇が濃い。
 何かがいる気配がするが、あえて意識をそらす。
 すでに別のチームが先攻して作業を進めていたが、その雰囲気に妙な緊張感が漲っている。
「何かあったんですか?」
「おお、広瀬か。なんや業者が足滑らして、エアコンごと階段から落ちてしもたんや。
 まあとりあえず怪我の方は大した事無いみたいやねんけど」
 その言葉通り、玄関先に大破したエアコンが転がっている。

 その時彼は、背後から彼らを見つめる視線に気付いた。
 現場の道路向かいに公園があり、その奥に小さな林が広がっている。
 その木立の中に、数十人の人影がある。
 老若男女入り交じった、古い着物姿をした無数の人々。
 その上半身のみが浮かび上がり、腰から下は見えない。
 彼らは無表情で、虚ろな視線をこちらに向けている。
 尋常ではない禍々しさ。

 彼は仲間達に事情を説明し、注意を促した。
「ウェー、まじで!?
 ドライバーも足挫いたし、他にも何人か怪我してんねやんか。
 へぇー。うわ、鳥肌立ってきたわ。ちゅーかお前、言うの遅いねん」
 これまでも同様のケースがあり、彼のアドバイスにより難を逃れたこともあったため、仲間達は素直に聞き入れた。

 無数の人影の視線を受け続けながらも、広瀬君のアドバイスの御陰で、作業は無事に終わった。
 ただひとり広瀬君だけは、激しい頭痛と吐き気に襲われ続け、全く業務にならなかった。

(超-1 2008/「川西」より)


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