【リライト】はじっこ

2008年04月25日 23:14

 椎名さんは会社の仲間達と、慰安旅行で湯布院に出掛けた。
 あいにくの雨模様の中、大分や熊本の観光地を巡り、その旅館に着いたのは夕方頃だった。
 その旅館は外観からして、歴史の古い老舗旅館です、と言わんばかりの年季の入った趣のある佇まいだった。
 椎名さんを含めた女性五人が通されたのは、少し変わった大部屋だった。
 その部屋の寝室にはドアが付いていて、開けると下へ続く階段があり、その先は卓球台などがある地下遊戯施設だった。

 まだ改築されたばかりだという浴場で、泡風呂などの様々な温泉を楽しみ、豪華な食事に舌鼓を打つ。
 安い値段と外観とは裏腹に、充実した施設と行き届いたサービスに、彼女達はとても満足した。
 興奮冷めやらぬ彼女達は四方山話で盛り上がり、夜も更けた頃にようやく寝ることにした。
 彼女達はめいめいに好きな場所を取り始める。
「ごめん、椎名さん、そっちで寝てもらっていい? はじっこだけど」
 ひとりが、窓際の布団を指さした。
「うん、いいよー。あたしははじっこ好きだし」
 そう言うと、彼女は布団に潜り込んだ。

 昼間の雨の影響か、窓の外から川の流れる激しい水音が響いてくる。
 室内は濃厚な湿気に被われ、酷く蒸し暑い。
 久々の楽しい旅行に興奮してしまったのか、体が火照って、彼女はなかなか寝付くことが出来なかった。

 翌朝になり、椎名さんが目を覚ますと、仲間達の表情が微妙にだるそうだった。
 聞くと、みな蒸し暑くて寝苦しく、熟睡が出来なかったのだという。
「あのね、みんな嫌がると思って言わなかったんだけど」
 昨晩、椎名さんに窓際の布団を勧めた子が、口を開いた。

 昨晩、皆が話で盛り上がっている時、その子はある場所が気になって仕方がなかった。
 それは、地下遊戯施設へと続くあの扉。
 その前に、女と子供がずっと立っていた。
 親子に見えるその二人は、皆が布団に横になってからも、変わらぬ姿勢で立ち続けていた。

 その親子の目の前に、椎名さんは寝ていたことになる。

(超-1 2008/「はじっこ」より)


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