【リライト】どかせ

2008年04月25日 23:16

 和田君は一時期、都心の一軒家に兄と二人で暮らしていた。
 古びた木造の庭付き一軒家で、交通の便もそれなりに悪くないにも関わらず、家賃が他の物件よりも少しだけ安かった。
 その家で、和田君はある時から金縛りに悩まされるようになった。

 深夜、ふと目が覚めると体の自由がきかない。
 慣れない都会暮らしの上に夜間のバイトが続き、疲労が蓄積しているのだろう、と彼は思い、気にせず再び眠りについた。
 その翌日の深夜にも、何故かぱちっと目が覚めてしまった。
 そして、昨日と同じように体が動かない。
 昨日よりは疲れていないはずなのに、と彼は頭を捻ったが、まだ疲れが残っていたんだろう、と思い直し、寝た。
 しかし、その翌日の深夜にも、彼は目が覚めた。
 すでに、手足の先でさえ微塵も動かせない。
 時計を見ると、深夜二時過ぎ。
 そういえば、昨日も一昨日も、同じくらいの時間だった。
 これは疲れの所為ではないんじゃないだろうか。
 嫌な予感がした彼は、瞼を固く閉じた。

 そして四日目の深夜。
 やはり、目が覚めた。
 その視界の先に、白い着物を纏った、長い髪の女が立っていた。

「どかさなければ、もっと呼ぶぞ」

 女は彼に向かってそれだけ告げると、姿を消した。
 途端に、体の自由が戻った。
 どかす?
 何を?
 もっと呼ぶ?
 何を!?
 今までも、何かを呼んでいたのか!?

 いろいろ考えてみたが思い当たる節がない。
 兄に心当たりがないか聞いてみたが、全く知らないという。
「まあ、大丈夫なんじゃないの?」
 と根拠のない暢気な事まで言われる始末。
 もちろん、そんな言葉をすんなり飲めるほど、彼は気楽ではない。
 次の深夜は、どうなるかわからない。

 部屋の隅々まで見て回るが、それでもそれらしいものが見あたらない。
 しかしその時、彼の脳裏に眠っていた記憶の断片が、不意に蘇った。
 慌てて庭先に出る。
 そこには、両腕で一抱え余りもある立派な切り株があった。
 家主の話では、それは桜の切り株なのだという。
 その上に、薄汚れた掃除機が放置されていた。
 数日前に兄が何処かから持ち帰ったのだが、壊れていて動かなかったため、切り株の上にほったらかしにしていたのだ。
「これだ!」
 彼はすぐにその掃除機を切り株の上からどかし、捨てに行った。

 それが功を奏したのか、その番から金縛りに遭うこともなく、女が出現することもなかった。

 それからしばらくして、兄は田舎に帰った。
 時を同じくして、和田君も滋賀に移り住むことになり、あの家から離れた。

 新天地での仕事にようやく慣れた頃、彼は横浜の本社に転勤することになった。
 休日のある日、ふと彼は思い立ち、かつて住んでいたあの一軒家を観に行ってみることにした。
 一軒家はあの頃と変わらぬ姿で現存していた。
 さすがに中に入るわけにも行かず、そっと垣根越しに庭先を覗いてみると、撤去されてしまったらしく、あの切り株は姿を消してしまっていた。

(超-1 2008/「どかせ」より)


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