2008年04月26日 23:34
寺川さんの弟は、大の猫好きだ。
それは小学生の頃から変わらないのだが、彼の猫好きはちょっと意味が違った。
彼は小学生の頃、猫がたまるスポットを見つけ、そこに足繁く通っていた。
そこは、入り組んだ路地の隙間にある、古いアパートの前。
昼間、そこに丁度いい日差しが降り注ぎ、常時三匹前後の猫がひなたぼっこをしている。
かれはそれを邪魔しないように、一緒になってひなたぼっこをするのが好きだった。
そうすることで、いつか猫になる日が来るんじゃないか。
本気でそう思っていたのだ。
そのスポットに来る猫の中に、一匹、大きなキジトラがいた。
彼はそのキジトラを「ボス」と呼んでいた。
ボスとは言ってもとても穏やかな性格で、撫でても抱きしめても尻尾を掴んでもマズルを突いても嫌がらない。
ボスにはお気に入りの場所がある。
アパートの二階へ続く、鉄製の少し錆びた階段の、ちょうど真ん中。
その定位置に丸まり、日差しを浴びて輝くその姿は、彼にとっては「猫の王」に見えた。
ある日、彼はいつものようにそのアパートに行き、ボスと触れあっていた。
いいなあ、猫。
猫になりたいなぁ。
その思いはどんどん大きくなっていく。
「俺、猫になれないかな?」
つい、彼はボスにそう語りかけていた。
すると、ボスがすっ、と立ち上がった。
ビー玉のように透き通った瞳が、彼を見つめる。
その時、彼は背中に視線を感じ、振り返った。
アパートを囲むブロック塀の上、植え込みの中、細い私道の途中、隣家の屋根の上……。
至る所に猫の姿があった。
ざっと見回しただけでも、三十匹はいるだろうか。
その全てが、彼を見つめている。
その視線には怒りも親しみもない。
見定めるような観察者そのもの。
緊張感があたりを包む。
彼の露出した肌が粟立つ。
ただ、ボスだけが、いつもの穏やかな瞳を彼に向けている。
彼はその場から逃げた。
それから、あのアパートに行くことはなくなった。
寺川さんの弟は、今でも猫が大好きだ。
今になって、彼は逃げたことを後悔している。
(超-1 2008/「猫の王」より)
それは小学生の頃から変わらないのだが、彼の猫好きはちょっと意味が違った。
彼は小学生の頃、猫がたまるスポットを見つけ、そこに足繁く通っていた。
そこは、入り組んだ路地の隙間にある、古いアパートの前。
昼間、そこに丁度いい日差しが降り注ぎ、常時三匹前後の猫がひなたぼっこをしている。
かれはそれを邪魔しないように、一緒になってひなたぼっこをするのが好きだった。
そうすることで、いつか猫になる日が来るんじゃないか。
本気でそう思っていたのだ。
そのスポットに来る猫の中に、一匹、大きなキジトラがいた。
彼はそのキジトラを「ボス」と呼んでいた。
ボスとは言ってもとても穏やかな性格で、撫でても抱きしめても尻尾を掴んでもマズルを突いても嫌がらない。
ボスにはお気に入りの場所がある。
アパートの二階へ続く、鉄製の少し錆びた階段の、ちょうど真ん中。
その定位置に丸まり、日差しを浴びて輝くその姿は、彼にとっては「猫の王」に見えた。
ある日、彼はいつものようにそのアパートに行き、ボスと触れあっていた。
いいなあ、猫。
猫になりたいなぁ。
その思いはどんどん大きくなっていく。
「俺、猫になれないかな?」
つい、彼はボスにそう語りかけていた。
すると、ボスがすっ、と立ち上がった。
ビー玉のように透き通った瞳が、彼を見つめる。
その時、彼は背中に視線を感じ、振り返った。
アパートを囲むブロック塀の上、植え込みの中、細い私道の途中、隣家の屋根の上……。
至る所に猫の姿があった。
ざっと見回しただけでも、三十匹はいるだろうか。
その全てが、彼を見つめている。
その視線には怒りも親しみもない。
見定めるような観察者そのもの。
緊張感があたりを包む。
彼の露出した肌が粟立つ。
ただ、ボスだけが、いつもの穏やかな瞳を彼に向けている。
彼はその場から逃げた。
それから、あのアパートに行くことはなくなった。
寺川さんの弟は、今でも猫が大好きだ。
今になって、彼は逃げたことを後悔している。
(超-1 2008/「猫の王」より)




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