2008年04月27日 23:30
東京二十三区の外れに、子供達の間で噂になっている廃屋があった。
試験所跡地というのだが、どんな試験を行っていたのかはわからない。
広い敷地内には数棟の建築物が並び、その周囲を鉄条網の付いた高い外壁と木々が被っている。
その中に入ってはいけない、と親や先生に厳命されていることもあり、子供達はますます興味を示し、様々な噂が飛び交った。
敷地内には野犬が住み着き、侵入者を喰い殺す。
実験の失敗で、危険な薬物が施設内に充満している。
浮浪者が生活し、子供達を追いかけ回す。
その一方で、こんな噂もあった。
敷地内の木からカブトムシやクワガタ、池からはタガメやゲンゴロウが取り放題。
そんな噂を聞いて、大人しく指をくわえてみているだけでは済まなくなる子供が出てくるのは当然だ。
当時小学五年生だった岩上君もそのひとり。
岩上君は悪友の川瀬君とともに、探検計画を練り、実行に移した。
武器は花火の「けむり玉」とおもちゃの警棒。
壁の上部の鉄条網が壊れている場所は確認済み。
人気が途絶えたところで、素早くその壁を乗り越え、敷地内に踏み入った。
彼らはまず、タガメやゲンゴロウがうじゃうじゃいるという池を探した。
それは少し歩いた先であっさり見つかったのだが、コンクリート製の浅い池の水は澱んでいて、昆虫の姿は見あたらない。
次に彼らは、敷地内にある木々を見て回った。
その中にいくつか立派なそれらしい樹を見つけることが出来たのだが、昼間と言うこともあって、くっついていたのはカナブン数匹。
夜に出直せば、収穫があるかも知れない。
当てが外れた彼らは、手ぶらで帰るのもなんだか悔しかった。
「せっかくだから、そこの建物の中、見ていこうぜ」
岩上君が提案すると、川瀬君もそれに乗った。
彼らは開け放たれた鉄扉をくぐると、ガラス片の散らばる室内に踏み入った。
所々に、読み散らかされた雑誌が散らばる。浮浪者がいるというのは本当かも知れない。
真夏の日中だというのに、室内はひんやりとしている。
その室内にあるのは、テーブルと流し台だけ。
少し先に、二階へと続く階段が見える。
「二階にあがってみる?」
岩上君は川瀬君に尋ねたが、賛同して欲しいとは全く思っていない。
「いや……」
川瀬君も岩上君と同じ気持ちだったのか、言葉を濁す。
ぽたん。
不意に水音がして、二人は流し台の方を見た。
彼らの目の前で、酷く錆び緑青の浮かび上がる蛇口から、水滴が落ちた。
それは次から次へと落ち、やがて、激しい水流になった。
「に、逃げるぞ!」
彼らは駆け出し、鉄扉をくぐり抜け、壁を一気に乗り越えた。
真夏の日差しが彼らに降り注ぎ、往来を行き交う車や人々の喧噪が耳に戻る。
見慣れた日常の風景に、二人はほっと胸をなで下ろした。
そして、お互いの顔をみた。
「い、岩上、それ……」
川瀬君が岩上君の体を指さした。
見ると、彼の体中に土埃が付着している。
しかもその土埃は、無数の手形になっている。
胸、腹、背中、腿、尻、至る所、手の届かないような場所にまで、びっしりと。
「川瀬、お前も!」
ふたりの体中が、手形で埋め尽くされていた。
彼らは泣きそうになりながら、互いにその手形をはたき落とした。
その後、夜に再突入する計画はもちろん中止。
それから試験所跡に再び潜入することはなかった。
その試験所跡も、十数年前に取り壊されてしまい、今では大きな煙突が目印の清掃工場がそこにあるだけだ。
(超-1 2008/「工業試験所跡地」より)
試験所跡地というのだが、どんな試験を行っていたのかはわからない。
広い敷地内には数棟の建築物が並び、その周囲を鉄条網の付いた高い外壁と木々が被っている。
その中に入ってはいけない、と親や先生に厳命されていることもあり、子供達はますます興味を示し、様々な噂が飛び交った。
敷地内には野犬が住み着き、侵入者を喰い殺す。
実験の失敗で、危険な薬物が施設内に充満している。
浮浪者が生活し、子供達を追いかけ回す。
その一方で、こんな噂もあった。
敷地内の木からカブトムシやクワガタ、池からはタガメやゲンゴロウが取り放題。
そんな噂を聞いて、大人しく指をくわえてみているだけでは済まなくなる子供が出てくるのは当然だ。
当時小学五年生だった岩上君もそのひとり。
岩上君は悪友の川瀬君とともに、探検計画を練り、実行に移した。
武器は花火の「けむり玉」とおもちゃの警棒。
壁の上部の鉄条網が壊れている場所は確認済み。
人気が途絶えたところで、素早くその壁を乗り越え、敷地内に踏み入った。
彼らはまず、タガメやゲンゴロウがうじゃうじゃいるという池を探した。
それは少し歩いた先であっさり見つかったのだが、コンクリート製の浅い池の水は澱んでいて、昆虫の姿は見あたらない。
次に彼らは、敷地内にある木々を見て回った。
その中にいくつか立派なそれらしい樹を見つけることが出来たのだが、昼間と言うこともあって、くっついていたのはカナブン数匹。
夜に出直せば、収穫があるかも知れない。
当てが外れた彼らは、手ぶらで帰るのもなんだか悔しかった。
「せっかくだから、そこの建物の中、見ていこうぜ」
岩上君が提案すると、川瀬君もそれに乗った。
彼らは開け放たれた鉄扉をくぐると、ガラス片の散らばる室内に踏み入った。
所々に、読み散らかされた雑誌が散らばる。浮浪者がいるというのは本当かも知れない。
真夏の日中だというのに、室内はひんやりとしている。
その室内にあるのは、テーブルと流し台だけ。
少し先に、二階へと続く階段が見える。
「二階にあがってみる?」
岩上君は川瀬君に尋ねたが、賛同して欲しいとは全く思っていない。
「いや……」
川瀬君も岩上君と同じ気持ちだったのか、言葉を濁す。
ぽたん。
不意に水音がして、二人は流し台の方を見た。
彼らの目の前で、酷く錆び緑青の浮かび上がる蛇口から、水滴が落ちた。
それは次から次へと落ち、やがて、激しい水流になった。
「に、逃げるぞ!」
彼らは駆け出し、鉄扉をくぐり抜け、壁を一気に乗り越えた。
真夏の日差しが彼らに降り注ぎ、往来を行き交う車や人々の喧噪が耳に戻る。
見慣れた日常の風景に、二人はほっと胸をなで下ろした。
そして、お互いの顔をみた。
「い、岩上、それ……」
川瀬君が岩上君の体を指さした。
見ると、彼の体中に土埃が付着している。
しかもその土埃は、無数の手形になっている。
胸、腹、背中、腿、尻、至る所、手の届かないような場所にまで、びっしりと。
「川瀬、お前も!」
ふたりの体中が、手形で埋め尽くされていた。
彼らは泣きそうになりながら、互いにその手形をはたき落とした。
その後、夜に再突入する計画はもちろん中止。
それから試験所跡に再び潜入することはなかった。
その試験所跡も、十数年前に取り壊されてしまい、今では大きな煙突が目印の清掃工場がそこにあるだけだ。
(超-1 2008/「工業試験所跡地」より)
※せんべい猫より
どんな場所かと思って調べてみたら、こんなページが見つかりました。
多分この場所のことではないかと思います。
東京工業試験所
近所にこんなスポットがあったら、行ってみたくなるのもうなずけます。
どんな場所かと思って調べてみたら、こんなページが見つかりました。
多分この場所のことではないかと思います。
東京工業試験所
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