2008年04月27日 23:42
植村さんには、達夫さんという兄がいた。
達夫さんは小さい頃から何かと問題を起こし、両親を困らせ、それは中学を卒業し勤めだしてからも続いた。
ある時彼は、母親がこつこつ溜めていた金を持ち出し、姿を消した。
彼は盛り場で知り合った男に開業を持ちかけられ、盗んだ金を開業資金にしようとしたのだ。
しかし、男はなんのかんのと言い逃れ、結局その金を持ち逃げした。
達夫さんは騙されていたのだ。
無一文になった彼に行く当てなどなく、仕方なく一晩かけて村に戻った。
しかし、暢気に我が家の敷居をまたげるわけがない。
これまでも父にこっぴどく折檻されてきたが、今回ばかりはその程度では済まないだろう。
行き場を失った彼が辿り着いたのは、村はずれにある山寺の縁の下だった。
人目を避けて山中の果実やよその農作物を手に入れ、裏手の谷川で竹筒に水をくみ、縁の下でそれらを食べ、眠りにつく。
そんな生活が続いていた。
ある夜、ふと人の気配に目を覚ました。
縁の下から外の様子を伺うと、月明かりの下、女の子が一人で遊んでいる。
おかっぱ頭で赤い着物、赤い鼻緒の草履を履いた女の子は、鞠をついたり、前庭の花を触ったりしている。
この寺に子供がいる事はいるのだが、確か男ばかりの三兄弟だったはず。
しかもこんな真夜中に遊ぶなんて。
もしかしたら人間じゃないのかも知れない。
彼はその女の子に気付かれないよう、寝たふりをしてやり過ごした。
それからも時々、その女の子は真夜中の境内に現れ、遊ぶ姿を見かけた。
女の子は彼に気付いていたようで、時折縁の下のそばまでやって来て屈むと、彼の方をじいっと見つめることがあった。
目を合わせない方がいいと思い、彼は寝たふりを崩さなかった。
そんな、縁の下の奇妙な生活が一ヶ月ほど続いていた。
ある夜、彼は喉の渇きに目を覚ました。
手持ちの竹筒を口に運ぶが、中は空だった。
仕方なく縁の下から出ると、谷川へと続く裏の斜面を降りていった。
しかし、寝ぼけていたのと栄養不足が影響し、途中で足を滑らせてしまった。
体のあちこちを斜面にぶつけながら、彼は転がっていく。
そして谷川まで転げ落ちた時、彼に立ち上がる元気はなかった。
背中を川の水が冷やし、体中がずきずきと痛む。
助けを呼ぼうにも、人家から離れた谷川。
真夜中に、誰かが通り過ぎていくはずもない。
大きな月だけが、彼を見下ろしていた。
このまま、俺は死ぬのか。
こんな形で、俺は終わるのか。
涙が溢れた。
子供のように鼻水を流しながら、彼はわんわんと泣いた。
その時、すぐそばで、川砂利を踏む足音が聞こえた。
泣くのをやめて、彼はどうにか視線を向けた。
そこには、あの赤い鼻緒の草履があった。
見上げると、月を背に女の子の姿が見えた。
「た、たすけ……」
そこまで言うと、彼は意識を失った。
次に意識を取り戻した時、彼は誰かに背負われ、崖を登っている最中だった。
「達夫!」
おぼろげな視界の向こうに、懐かしい顔があった。
「しっかりせんか! このばかたれ!」
彼の母は泣きながら、彼の頭をはたいた。
彼は幸い、打撲程度で済んだ。
母の話によると、彼が縁の下に住んでいたことは、村で知らない者はいなかったという。
村の人に迷惑を掛ける前に連れ戻した方がいい、と母は主張したが、父は首を縦に振らなかったそうだ。
「あのばかたれが音を上げて、自分で帰ってくるまで放っておけ」
そう言われ、母は仕方なく従っていたのだという。
間もなく回復した彼は、両親に連れられて、あの時お世話になった村人達に頭を下げてまわった。
あの寺を訪ねると、住職が三人を迎えてくれた。
「お嬢ちゃんにもお礼を」
と達夫さんが言うと、それはいい、と住職は言う。
いや、そう言うわけには、と彼は食い下がった。
「あれは、うちの子じゃない」
住職は彼にそう告げた。
「あれはな、うちの子じゃのおて、おんぼ様じゃ」
おんぼ様というのは、その土地の方言で『お坊様』という意味だ。
達夫さん親子が、あまりにも脈絡のないその言葉に面食らっていると、
「親や皆に迷惑を掛けるのもたいがいにせえ」
住職は達夫さんに厳しく言い含めると、寺の奥に戻ってしまった。
それから数十年後、達夫さんは亡くなった。
最後まで、皆に迷惑を掛けっぱなしの人生だったという。
「あれからもう、六十年近くも経つんだなぁ」
兄の思い出話を語りながら、しみじみと植村さんは当時に思いをはせるのだった。
(超-1 2008/「おんぼ様」より)
達夫さんは小さい頃から何かと問題を起こし、両親を困らせ、それは中学を卒業し勤めだしてからも続いた。
ある時彼は、母親がこつこつ溜めていた金を持ち出し、姿を消した。
彼は盛り場で知り合った男に開業を持ちかけられ、盗んだ金を開業資金にしようとしたのだ。
しかし、男はなんのかんのと言い逃れ、結局その金を持ち逃げした。
達夫さんは騙されていたのだ。
無一文になった彼に行く当てなどなく、仕方なく一晩かけて村に戻った。
しかし、暢気に我が家の敷居をまたげるわけがない。
これまでも父にこっぴどく折檻されてきたが、今回ばかりはその程度では済まないだろう。
行き場を失った彼が辿り着いたのは、村はずれにある山寺の縁の下だった。
人目を避けて山中の果実やよその農作物を手に入れ、裏手の谷川で竹筒に水をくみ、縁の下でそれらを食べ、眠りにつく。
そんな生活が続いていた。
ある夜、ふと人の気配に目を覚ました。
縁の下から外の様子を伺うと、月明かりの下、女の子が一人で遊んでいる。
おかっぱ頭で赤い着物、赤い鼻緒の草履を履いた女の子は、鞠をついたり、前庭の花を触ったりしている。
この寺に子供がいる事はいるのだが、確か男ばかりの三兄弟だったはず。
しかもこんな真夜中に遊ぶなんて。
もしかしたら人間じゃないのかも知れない。
彼はその女の子に気付かれないよう、寝たふりをしてやり過ごした。
それからも時々、その女の子は真夜中の境内に現れ、遊ぶ姿を見かけた。
女の子は彼に気付いていたようで、時折縁の下のそばまでやって来て屈むと、彼の方をじいっと見つめることがあった。
目を合わせない方がいいと思い、彼は寝たふりを崩さなかった。
そんな、縁の下の奇妙な生活が一ヶ月ほど続いていた。
ある夜、彼は喉の渇きに目を覚ました。
手持ちの竹筒を口に運ぶが、中は空だった。
仕方なく縁の下から出ると、谷川へと続く裏の斜面を降りていった。
しかし、寝ぼけていたのと栄養不足が影響し、途中で足を滑らせてしまった。
体のあちこちを斜面にぶつけながら、彼は転がっていく。
そして谷川まで転げ落ちた時、彼に立ち上がる元気はなかった。
背中を川の水が冷やし、体中がずきずきと痛む。
助けを呼ぼうにも、人家から離れた谷川。
真夜中に、誰かが通り過ぎていくはずもない。
大きな月だけが、彼を見下ろしていた。
このまま、俺は死ぬのか。
こんな形で、俺は終わるのか。
涙が溢れた。
子供のように鼻水を流しながら、彼はわんわんと泣いた。
その時、すぐそばで、川砂利を踏む足音が聞こえた。
泣くのをやめて、彼はどうにか視線を向けた。
そこには、あの赤い鼻緒の草履があった。
見上げると、月を背に女の子の姿が見えた。
「た、たすけ……」
そこまで言うと、彼は意識を失った。
次に意識を取り戻した時、彼は誰かに背負われ、崖を登っている最中だった。
「達夫!」
おぼろげな視界の向こうに、懐かしい顔があった。
「しっかりせんか! このばかたれ!」
彼の母は泣きながら、彼の頭をはたいた。
彼は幸い、打撲程度で済んだ。
母の話によると、彼が縁の下に住んでいたことは、村で知らない者はいなかったという。
村の人に迷惑を掛ける前に連れ戻した方がいい、と母は主張したが、父は首を縦に振らなかったそうだ。
「あのばかたれが音を上げて、自分で帰ってくるまで放っておけ」
そう言われ、母は仕方なく従っていたのだという。
間もなく回復した彼は、両親に連れられて、あの時お世話になった村人達に頭を下げてまわった。
あの寺を訪ねると、住職が三人を迎えてくれた。
「お嬢ちゃんにもお礼を」
と達夫さんが言うと、それはいい、と住職は言う。
いや、そう言うわけには、と彼は食い下がった。
「あれは、うちの子じゃない」
住職は彼にそう告げた。
「あれはな、うちの子じゃのおて、おんぼ様じゃ」
おんぼ様というのは、その土地の方言で『お坊様』という意味だ。
達夫さん親子が、あまりにも脈絡のないその言葉に面食らっていると、
「親や皆に迷惑を掛けるのもたいがいにせえ」
住職は達夫さんに厳しく言い含めると、寺の奥に戻ってしまった。
それから数十年後、達夫さんは亡くなった。
最後まで、皆に迷惑を掛けっぱなしの人生だったという。
「あれからもう、六十年近くも経つんだなぁ」
兄の思い出話を語りながら、しみじみと植村さんは当時に思いをはせるのだった。
(超-1 2008/「おんぼ様」より)






コメント
山際 みさき | URL | -
なんだか文章が
細切れ説明調ですね。
まあ元が元なのですが。
"子供はいること入るが"
というところは直していただけませんでしょうか?
( 2008年06月28日 22:29 [編集] )
山際 みさき | URL | -
直して下さいましたね
ありがとうございます。
( 2008年07月01日 02:21 [編集] )
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