2008年04月28日 23:57
美鈴さんは事務員の募集記事を見て、ある会社の面接を受けに行った。
案内図を頼りに辿り着いたのは、三階建ての小さなビルだった。
ぱっと見たところ、一階が会社になっていて、二階と三階は住居になっているようだ。
チャイムを雄と、三十過ぎの穏やかな男性が応対に出た。
名乗られて初めて、その男性が社長だと言うことがわかり、彼女は改めて恐縮した。
「仕事が立て込んでいまして、申し訳ありませんが、こちらでお待ちいただけますか」
と社長に案内され、二階の応接室に通された。
頭を何度も下げながら退室した社長と入れ替わりに、彼の母親と思われる、品の良い初老の女性がお茶を運んできた。
ソファに座り、彼女は所在なさそうに室内を眺めていた。
その視線の先に、何かが見えた。
見ると、隣室に続く襖がほんの少し開いていて、その影から誰かがこちらの様子を伺っている。
美鈴さんの視線に気付いたのか、その影はすっと襖の向こうに隠れた。
視線をそらせると、再び襖の隙間から影が姿を現す。
彼女は影を脅かさないようにゆっくりと、襖の方を見た。
襖の影から、小さな男の子が彼女を見ていた。
幼稚園くらいの、くりくりした瞳の男の子は、恥ずかしそうに顔を半分、襖の陰に隠している。
その可愛らしい仕草に、美鈴さんは微笑みかけた。
恥ずかしそうにしていた男の子は、よほど嬉しかったのか、満面の笑みを彼女に返してくれた。
そして、とことこと彼女のそばまで歩いてくると、小さな両手で彼女の手を握り、その手のひらの上に何かを乗せた。
「おねーちゃん、これ、あげる」
彼女の手のひらの上には、小さな青い折り鶴が置かれていた。
「ありがとう。ぼく、いくつ?」
彼女が尋ねると、男の子は少し、寂しそうな顔をした。
そして何も応えず、襖の奥へと行ってしまった。
「いやぁ、お待たせして申し訳ありません」
男の子が引っ込んでから間もなく、社長が額の汗を拭いながら現れた。
「いえいえ。ずいぶん可愛いお子様がいらっしゃるのですね」
彼女がそう言うと、社長は汗を拭う手を止めた。
「うちには、子供はいませんけど……」
「え? でも、たった今、男の子にこれをもらったんですが」
彼女は青い折り鶴を社長に見せた。
それを見た社長は驚き、そして静かな口調で言った。
「よろしければ、こちらに来ていただけませんか?」
社長に通された部屋には、立派な仏壇があった。
そこには、あの男の子の愛くるしい笑顔の写真が納められていた。
「三年前に病死した息子です。ご迷惑をおかけしました」
そう言って社長は、深々と頭を下げた。
仏壇には果物やお菓子、真新しいおもちゃなどが供えられている。
その横には、美鈴さんがもらったものと同じ大きさの折り鶴をつなげ合わせた千羽鶴が飾られていた。
その後に行われた面接では、基本的な質問のみが行われ、スムーズに進んだ。
「もしあなたがよろしければ、是非うちで働いてください」
おそらく折り鶴を見た時から決めていたのだろう。社長は最後にそう言って、再び深々と頭を下げた。
美鈴さんは悩んだが、すみません、と謝り、その申し出を辞退した。
社長もそれ以上、何も言わずに彼女を見送った。
折り鶴は持ち帰り、机の引き出しにしまった。
今でも時々、あの寂しげな大きな瞳を思い出すことがある。
(超-1 2008/「プレゼント」より)
案内図を頼りに辿り着いたのは、三階建ての小さなビルだった。
ぱっと見たところ、一階が会社になっていて、二階と三階は住居になっているようだ。
チャイムを雄と、三十過ぎの穏やかな男性が応対に出た。
名乗られて初めて、その男性が社長だと言うことがわかり、彼女は改めて恐縮した。
「仕事が立て込んでいまして、申し訳ありませんが、こちらでお待ちいただけますか」
と社長に案内され、二階の応接室に通された。
頭を何度も下げながら退室した社長と入れ替わりに、彼の母親と思われる、品の良い初老の女性がお茶を運んできた。
ソファに座り、彼女は所在なさそうに室内を眺めていた。
その視線の先に、何かが見えた。
見ると、隣室に続く襖がほんの少し開いていて、その影から誰かがこちらの様子を伺っている。
美鈴さんの視線に気付いたのか、その影はすっと襖の向こうに隠れた。
視線をそらせると、再び襖の隙間から影が姿を現す。
彼女は影を脅かさないようにゆっくりと、襖の方を見た。
襖の影から、小さな男の子が彼女を見ていた。
幼稚園くらいの、くりくりした瞳の男の子は、恥ずかしそうに顔を半分、襖の陰に隠している。
その可愛らしい仕草に、美鈴さんは微笑みかけた。
恥ずかしそうにしていた男の子は、よほど嬉しかったのか、満面の笑みを彼女に返してくれた。
そして、とことこと彼女のそばまで歩いてくると、小さな両手で彼女の手を握り、その手のひらの上に何かを乗せた。
「おねーちゃん、これ、あげる」
彼女の手のひらの上には、小さな青い折り鶴が置かれていた。
「ありがとう。ぼく、いくつ?」
彼女が尋ねると、男の子は少し、寂しそうな顔をした。
そして何も応えず、襖の奥へと行ってしまった。
「いやぁ、お待たせして申し訳ありません」
男の子が引っ込んでから間もなく、社長が額の汗を拭いながら現れた。
「いえいえ。ずいぶん可愛いお子様がいらっしゃるのですね」
彼女がそう言うと、社長は汗を拭う手を止めた。
「うちには、子供はいませんけど……」
「え? でも、たった今、男の子にこれをもらったんですが」
彼女は青い折り鶴を社長に見せた。
それを見た社長は驚き、そして静かな口調で言った。
「よろしければ、こちらに来ていただけませんか?」
社長に通された部屋には、立派な仏壇があった。
そこには、あの男の子の愛くるしい笑顔の写真が納められていた。
「三年前に病死した息子です。ご迷惑をおかけしました」
そう言って社長は、深々と頭を下げた。
仏壇には果物やお菓子、真新しいおもちゃなどが供えられている。
その横には、美鈴さんがもらったものと同じ大きさの折り鶴をつなげ合わせた千羽鶴が飾られていた。
その後に行われた面接では、基本的な質問のみが行われ、スムーズに進んだ。
「もしあなたがよろしければ、是非うちで働いてください」
おそらく折り鶴を見た時から決めていたのだろう。社長は最後にそう言って、再び深々と頭を下げた。
美鈴さんは悩んだが、すみません、と謝り、その申し出を辞退した。
社長もそれ以上、何も言わずに彼女を見送った。
折り鶴は持ち帰り、机の引き出しにしまった。
今でも時々、あの寂しげな大きな瞳を思い出すことがある。
(超-1 2008/「プレゼント」より)




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