【リライト】温かい

2008年04月29日 00:02

 島本さんはこれまで、多くの不思議な体験をしてきた。
 しかし、金縛りにはたった一度だけしかあったことがない。
 その一度きりの体験が、とても印象深いものだったのだという。

 当時、彼女は築四十年以上という木造モルタルのアパートで、一人暮らしをしていた。
 その夜、いつものようにベッドで寝ていると、彼女は体に違和感を憶え、目を覚ました。
 体が手足の先まで全く動かせず、かといって息苦しさなどは感じない。
 これが金縛りか。
 彼女は恐怖よりも、初めての体験を味わうような気持ちだったという。

 その時、玄関の扉を開く音が聞こえた。
(やばいな、鍵を閉め忘れていたかな)
 彼女は扉の方を向くが、玄関と彼女の部屋の間にあるガラス戸が邪魔をして、玄関の様子がよく見えない。
 間もなく、玄関から足音が近づき、ガラス戸の向こうに小さなシルエットが浮かんだ。
(まずい、誰か入ってきた)
 そう思った瞬間、彼女が寝ているベッドの横に、その人影が立っていた。
 ガラス戸は微動だにしていない。
 暗がりに立つその人影は、五歳くらいの男の子だった。
 短く切りそろえた髪、黄色・青・白の三色ボーダーのTシャツ、ジーンズの半ズボン。
 ただ、その表情だけがわからない。
 顔を構成する目鼻がちゃんとあるのはわかるのだが、ぼんやりとしていて捉えきれない。

 男の子は、島本さんを無言で見下ろしていたが、不意にその顔を近づけてきた。
 息が届くほどの至近距離で、男の子はじーっと彼女を見つめる。
 そこまで近づいているのに、その表情が全くつかめない。
 彼女はその時初めて、恐怖を感じた。
 それを見透かすかのように、男の子は右手を彼女の首元に伸ばしてきた。

 彼女は咄嗟に、男の子の手を左手で掴んだ。
 その手は普通の人と同じで、ほんのりと温かかった。
 そこで彼女の意識は途絶えた。

 気がつくと、すでに朝になっていた。
 ガラス戸は閉められたままで、念のため戸締まりも確認したが、玄関の鍵はちゃんとかかっていた。

 その子供が現れたのも、島本さんが金縛りにあったのも、その時だけだという。

(超-1 2008/「温かい」より)


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