2008年04月29日 18:52
某ライブハウスに勤めていた岩尾君には、ふと気付くと妙な日課が染みついてた。
ライブハウスと言っても、バンドが来て大きなイベントを催すことは少なく、平日はささやかなDJバーとなっている。
仕事が終わる頃には日が明け始め、動き出した始発に乗って地元の駅まで戻る。
そして、駅にほったらかしてある乗り慣れたボロボロの自転車をに跨ると、重い足取りでそれを漕ぎ出す。
「原チャリで通えばいいのかもしんないっすけど、酒呑んで帰れなくなっちゃいますからね」
キイキイガタガタと錆び付いた音をさせながら進む先には神社がある。
これまで彼は、信仰心とは全く無縁の生活を送ってきたのだが、どういう訳かここ数日、その神社に立ち寄っていた。
その前に自転車を止めて降りると、朝日に照らし出された本殿に歩み寄る。
そして、本殿の格子の向こう側をガン見する。
しばらく睨み続け、ま、いいいか、と納得すると本殿をあとにしていた。
彼はその我流のお参りに面倒くささを感じているにも関わらず、何故だか続けていた。
その日も仕事からの帰り道、彼はいつものように本殿にガンをくれるときびすを返した。
そして戻る途中、突然背後から勢いよく突き飛ばされた。
受け身を取る間もなく、鳥居を抜けてアスファルトの道まで転がり出た彼は、膝をしたたか打ちつけた。
「なんだ! てめ……」
彼は振り返り、怒鳴り散らそうとして、その声が尻すぼみになる。
早朝の神社には人っ子ひとり居やしなかった。
その衝撃で、彼の中に眠っていた記憶のスイッチが入った。
痛みを忘れて自転車をフルスピードで漕ぎ、アパートに帰り着くなり、箪笥の抽斗を開けた。
冬服が仕舞われているその抽斗の一番奥に手を突っ込むと、あるものを取り出した。
それは、高さ二十センチくらいのこけしだった。
何処の民芸品屋でも売っているような、ごく普通のこけし。
しかしその背中には、木製の御札が太い鉄釘で上下逆さに打ちつけてあった。
彼がそれを手にしたのが一週間ほど前。
駅から出ると、自転車の前カゴに放り込まれていたのだ。
彼はどういう訳かそれを持ち帰り、ご丁寧に箪笥の奥に仕舞うと、すっかりその存在を忘れていた。
彼はじっくりとこけしを眺め、さらにあることに気付いた。
「これ、絶対あの神社の御札だぜ! だから毎朝行きたくなってたんだよ!」
大興奮する彼の声で起きたのか、同棲中の彼女が目を覚ました。
そして彼が持っているモノを見るなり顔をしかめて怒鳴った。
「ちょっと、何よそれ! なに呪ってんのよっ!」
ここ数日酷い生理痛で寝込んでいた彼女は、コケシだけでなく彼も親の敵のように睨みつけた。
「そ、そんなのわかんねぇよ! 俺も今思い出したんだって!
あーもう、だから返してくるって! ちょっと待ってろって!」
彼女に睨まれたじたじになった岩尾君は、その冷たい視線を背に部屋を飛び出した。
再びあの忌々しい神社に辿り着き、彼は敷地内にある家屋の玄関を叩いた。
ややあって”神社のヒト”が出てくると、彼は彼女の分まで怒りをぶちまけた。
「ちょっとこれさぁ! チャリのカゴに入ってたんだけど、気持ち悪いんだよ!
この御札、あんたんとこのだろ、返すからさ!」
そして”神社のヒト”にあのコケシを差し出した。
その裏に打ちつけられている御札を見て、”神社のヒト”は眉をひそめた。
「何ですか、これは……?」
「そんなの知るか! こっちが聞きてぇよ!」
彼はキレつつも、彼女が言っていた一言が引っかかっていた。
「……んで、これ、呪いみたいなもの、あるの?」
「いえ……こんな真似は、聞いた事がない」
”神社のヒト”も首をかしげている。
そういわれても困る。悩むのはあとにしてとりあえず引き取ってくれ、とコケシを押しつけた。
突き返されることはなかったが、代わりにナントカ料として千円取られた。
続いて、ノートのようなものに記名をするよう言われたが、全部デタラメを書いて帰ってきた。
本当のことを書いて、あとからこけしを返されたり、いちいち連絡を受けるのが面倒だったからだ。
これで全てカタがついたと安心し、アパートに帰った岩尾君を待っていたのは、未だに鬼の形相の彼女だった。
「あんなもの隠してどういうつもり?」
「知るかよ! だいたいあれ、お前の元彼かなんかの仕業じゃねーの?」
「んなわけないでしょ! どうしてそんな事するのよ。だいたい、あたしがここにいることなんか、知ってるわけないでしょ!
それこそ、あんたの元カノのせいじゃないの?」
それからは延々と泥かけ論が続いた。
お前の行いが悪い、いやあんたが悪い、お前のあの友達が怪しい、いやアンタの友達のオカルトマニアこそどうなのよ。
最終的に、互いの変な友達をけなし合う始末。
こけしを預けたことが功を奏したのか、翌日から彼女の生理痛は無事治まり、彼の変な日課も止まった。
ただ、彼が駅に着き、オンボロの自転車に向かう時、そのカゴにゴミが捨てられているのを見ると、背筋が凍る思いをするのだという。
(超-1 2008/「突き飛ぶ」より)
ライブハウスと言っても、バンドが来て大きなイベントを催すことは少なく、平日はささやかなDJバーとなっている。
仕事が終わる頃には日が明け始め、動き出した始発に乗って地元の駅まで戻る。
そして、駅にほったらかしてある乗り慣れたボロボロの自転車をに跨ると、重い足取りでそれを漕ぎ出す。
「原チャリで通えばいいのかもしんないっすけど、酒呑んで帰れなくなっちゃいますからね」
キイキイガタガタと錆び付いた音をさせながら進む先には神社がある。
これまで彼は、信仰心とは全く無縁の生活を送ってきたのだが、どういう訳かここ数日、その神社に立ち寄っていた。
その前に自転車を止めて降りると、朝日に照らし出された本殿に歩み寄る。
そして、本殿の格子の向こう側をガン見する。
しばらく睨み続け、ま、いいいか、と納得すると本殿をあとにしていた。
彼はその我流のお参りに面倒くささを感じているにも関わらず、何故だか続けていた。
その日も仕事からの帰り道、彼はいつものように本殿にガンをくれるときびすを返した。
そして戻る途中、突然背後から勢いよく突き飛ばされた。
受け身を取る間もなく、鳥居を抜けてアスファルトの道まで転がり出た彼は、膝をしたたか打ちつけた。
「なんだ! てめ……」
彼は振り返り、怒鳴り散らそうとして、その声が尻すぼみになる。
早朝の神社には人っ子ひとり居やしなかった。
その衝撃で、彼の中に眠っていた記憶のスイッチが入った。
痛みを忘れて自転車をフルスピードで漕ぎ、アパートに帰り着くなり、箪笥の抽斗を開けた。
冬服が仕舞われているその抽斗の一番奥に手を突っ込むと、あるものを取り出した。
それは、高さ二十センチくらいのこけしだった。
何処の民芸品屋でも売っているような、ごく普通のこけし。
しかしその背中には、木製の御札が太い鉄釘で上下逆さに打ちつけてあった。
彼がそれを手にしたのが一週間ほど前。
駅から出ると、自転車の前カゴに放り込まれていたのだ。
彼はどういう訳かそれを持ち帰り、ご丁寧に箪笥の奥に仕舞うと、すっかりその存在を忘れていた。
彼はじっくりとこけしを眺め、さらにあることに気付いた。
「これ、絶対あの神社の御札だぜ! だから毎朝行きたくなってたんだよ!」
大興奮する彼の声で起きたのか、同棲中の彼女が目を覚ました。
そして彼が持っているモノを見るなり顔をしかめて怒鳴った。
「ちょっと、何よそれ! なに呪ってんのよっ!」
ここ数日酷い生理痛で寝込んでいた彼女は、コケシだけでなく彼も親の敵のように睨みつけた。
「そ、そんなのわかんねぇよ! 俺も今思い出したんだって!
あーもう、だから返してくるって! ちょっと待ってろって!」
彼女に睨まれたじたじになった岩尾君は、その冷たい視線を背に部屋を飛び出した。
再びあの忌々しい神社に辿り着き、彼は敷地内にある家屋の玄関を叩いた。
ややあって”神社のヒト”が出てくると、彼は彼女の分まで怒りをぶちまけた。
「ちょっとこれさぁ! チャリのカゴに入ってたんだけど、気持ち悪いんだよ!
この御札、あんたんとこのだろ、返すからさ!」
そして”神社のヒト”にあのコケシを差し出した。
その裏に打ちつけられている御札を見て、”神社のヒト”は眉をひそめた。
「何ですか、これは……?」
「そんなの知るか! こっちが聞きてぇよ!」
彼はキレつつも、彼女が言っていた一言が引っかかっていた。
「……んで、これ、呪いみたいなもの、あるの?」
「いえ……こんな真似は、聞いた事がない」
”神社のヒト”も首をかしげている。
そういわれても困る。悩むのはあとにしてとりあえず引き取ってくれ、とコケシを押しつけた。
突き返されることはなかったが、代わりにナントカ料として千円取られた。
続いて、ノートのようなものに記名をするよう言われたが、全部デタラメを書いて帰ってきた。
本当のことを書いて、あとからこけしを返されたり、いちいち連絡を受けるのが面倒だったからだ。
これで全てカタがついたと安心し、アパートに帰った岩尾君を待っていたのは、未だに鬼の形相の彼女だった。
「あんなもの隠してどういうつもり?」
「知るかよ! だいたいあれ、お前の元彼かなんかの仕業じゃねーの?」
「んなわけないでしょ! どうしてそんな事するのよ。だいたい、あたしがここにいることなんか、知ってるわけないでしょ!
それこそ、あんたの元カノのせいじゃないの?」
それからは延々と泥かけ論が続いた。
お前の行いが悪い、いやあんたが悪い、お前のあの友達が怪しい、いやアンタの友達のオカルトマニアこそどうなのよ。
最終的に、互いの変な友達をけなし合う始末。
こけしを預けたことが功を奏したのか、翌日から彼女の生理痛は無事治まり、彼の変な日課も止まった。
ただ、彼が駅に着き、オンボロの自転車に向かう時、そのカゴにゴミが捨てられているのを見ると、背筋が凍る思いをするのだという。
(超-1 2008/「突き飛ぶ」より)




コメント
コメントの投稿