2008年04月29日 19:10
今井さんは中学時代から親しくしている先輩の誘いを受け、年明け早々に転職をした。
勤務先はありふれたテナントビルの四階にある一室で、二百平米ほどのフロア内に九つのデスクが並び、他に会議室と応接室が設けられている。
初日は先輩から会社と業務についての簡単な説明を受け、その後はひとりでフロアに残り、電話番と資料作成を任された。
それからも、毎朝数名の社員が出勤し、彼らが外に出て行ってしまうと、彼女ひとりがフロアに残される日々が続いた。
彼女はだんだんと慣れてきたものの、スカスカで少し寒いフロアにぽつりと座り、こんなでいいのかな、と不安に思うこともあった。
不安はあったがちゃんと給料も出るし、何より楽だった。
ある日、空模様が気になった彼女は、窓の外をぼんやりと眺めていた。
予報では雪が降ると言っていたのだが、確かにどんよりと雲が立ちこめている。
大通りに面した壁にはガラス窓が並んでいたが、開閉出来るのは中央の一つだけ。
その窓も、立て付けが悪い為開けないようにと、先輩から言われていた。
仕方なく、窓に顔を付けるようにして空を見上げる。
その彼女の目の前を、白いものがひらひらと落ちていくのが見えた。
しかし、雪とは違い、シャツのように見えた。
確認しようと、咄嗟に窓に手をかけた。
すると、窓はあっさりと開いた。
そこから顔を出し、往来を見下ろすが、妙な物は見あたらない。
気のせいと思い、首を引っ込めようとした時。
彼女の顔に何者かの手が触れ、その箇所に電流が走った。
「痛いっ!」
彼女が声を上げ、首を引っ込めると同時に、オフィス中の電話が鳴り響いた。
その会社は業務別に四つの番号を持っており、九つあるデスクの上にある電話に割り振られている。
その全てが一斉に鳴り出し、五回ほどコールを鳴らして止まった。
突然の出来事に動けなかった彼女だったが、恐る恐る近くのデスクの電話を取ると、着信履歴を確認した。
短縮ダイヤルに登録されている番号から着信があった場合、番号とともに登録した人名・会社名が液晶に表示される。
液晶部分に表示されたその名前を、彼女は記憶していた。
それは彼女が中学の頃、野球部の部室で首吊り自殺をした生徒の名前だった。
念のため他の番号を持つ電話の着信履歴も確認すると、すべて同じ番号、同じ名前が記録されている。
彼女はその生徒と特別親しかったわけではない。
ただ、先輩と同じ野球部にいたので顔と名前を知っていただけだ。
その事に気付き、彼女は寒気を憶えた。
翌日、彼女は先輩に昨日の電話のことを話すと、先輩はただ一言、登録を消去するようにと彼女に言った。
その言い方がいつもの先輩らしくなく、やけにぶっきらぼうだったのが引っかかった。
それに、短縮に登録されている、と言うことは、登録した人間が居る、ということに他ならない。
その名前を知っているのは、自分と先輩だけ。
気になって食い下がったが、先輩は消去しろの一点張りで耳を貸そうとしなかった。
仕方なく、彼女は短縮ダイヤルの登録からその名前を消去した。
数日後、再びオフィス中の電話が鳴り響き、すぐに切れた。
まさか、と思い着信記録を確認すると、消したはずのあの名前が表示された。
彼女は即座に、登録からその名前を削除した。
しかし、彼女が忘れた頃に一斉に電話が鳴り出し、短縮ダイヤルにあの名前が記録される日々が続いた。
彼女は一度だけ、その番号に電話をかけたことがあったが、受話器からは「お客様がおかけになった……」というあのアナウンスが流れるだけだった。
ある日彼女は仕事を終えてオフィスの鍵を閉め、真向かいにあるエレベーターを待っていた。
すると、彼女の背後で足音が聞こえた。
彼女の背後には、照明の落とされた会社のドアがある。
そのドアの向こうを、何者かが歩き回っている。
彼女は振り返ることが出来ず、エレベーターが到着するとその中に逃げ込んだ。
不意打ちのように電話が鳴り響き、勤務中には誰かの視線を感じ、消灯後には足音が聞こえる。
そんな日々に、彼女は耐えきれなくなり、逃げるように会社を辞めた。
先輩とは、ずっと連絡を取っていない。
(超-1 2008/「きっかけ(2)」より)
勤務先はありふれたテナントビルの四階にある一室で、二百平米ほどのフロア内に九つのデスクが並び、他に会議室と応接室が設けられている。
初日は先輩から会社と業務についての簡単な説明を受け、その後はひとりでフロアに残り、電話番と資料作成を任された。
それからも、毎朝数名の社員が出勤し、彼らが外に出て行ってしまうと、彼女ひとりがフロアに残される日々が続いた。
彼女はだんだんと慣れてきたものの、スカスカで少し寒いフロアにぽつりと座り、こんなでいいのかな、と不安に思うこともあった。
不安はあったがちゃんと給料も出るし、何より楽だった。
ある日、空模様が気になった彼女は、窓の外をぼんやりと眺めていた。
予報では雪が降ると言っていたのだが、確かにどんよりと雲が立ちこめている。
大通りに面した壁にはガラス窓が並んでいたが、開閉出来るのは中央の一つだけ。
その窓も、立て付けが悪い為開けないようにと、先輩から言われていた。
仕方なく、窓に顔を付けるようにして空を見上げる。
その彼女の目の前を、白いものがひらひらと落ちていくのが見えた。
しかし、雪とは違い、シャツのように見えた。
確認しようと、咄嗟に窓に手をかけた。
すると、窓はあっさりと開いた。
そこから顔を出し、往来を見下ろすが、妙な物は見あたらない。
気のせいと思い、首を引っ込めようとした時。
彼女の顔に何者かの手が触れ、その箇所に電流が走った。
「痛いっ!」
彼女が声を上げ、首を引っ込めると同時に、オフィス中の電話が鳴り響いた。
その会社は業務別に四つの番号を持っており、九つあるデスクの上にある電話に割り振られている。
その全てが一斉に鳴り出し、五回ほどコールを鳴らして止まった。
突然の出来事に動けなかった彼女だったが、恐る恐る近くのデスクの電話を取ると、着信履歴を確認した。
短縮ダイヤルに登録されている番号から着信があった場合、番号とともに登録した人名・会社名が液晶に表示される。
液晶部分に表示されたその名前を、彼女は記憶していた。
それは彼女が中学の頃、野球部の部室で首吊り自殺をした生徒の名前だった。
念のため他の番号を持つ電話の着信履歴も確認すると、すべて同じ番号、同じ名前が記録されている。
彼女はその生徒と特別親しかったわけではない。
ただ、先輩と同じ野球部にいたので顔と名前を知っていただけだ。
その事に気付き、彼女は寒気を憶えた。
翌日、彼女は先輩に昨日の電話のことを話すと、先輩はただ一言、登録を消去するようにと彼女に言った。
その言い方がいつもの先輩らしくなく、やけにぶっきらぼうだったのが引っかかった。
それに、短縮に登録されている、と言うことは、登録した人間が居る、ということに他ならない。
その名前を知っているのは、自分と先輩だけ。
気になって食い下がったが、先輩は消去しろの一点張りで耳を貸そうとしなかった。
仕方なく、彼女は短縮ダイヤルの登録からその名前を消去した。
数日後、再びオフィス中の電話が鳴り響き、すぐに切れた。
まさか、と思い着信記録を確認すると、消したはずのあの名前が表示された。
彼女は即座に、登録からその名前を削除した。
しかし、彼女が忘れた頃に一斉に電話が鳴り出し、短縮ダイヤルにあの名前が記録される日々が続いた。
彼女は一度だけ、その番号に電話をかけたことがあったが、受話器からは「お客様がおかけになった……」というあのアナウンスが流れるだけだった。
ある日彼女は仕事を終えてオフィスの鍵を閉め、真向かいにあるエレベーターを待っていた。
すると、彼女の背後で足音が聞こえた。
彼女の背後には、照明の落とされた会社のドアがある。
そのドアの向こうを、何者かが歩き回っている。
彼女は振り返ることが出来ず、エレベーターが到着するとその中に逃げ込んだ。
不意打ちのように電話が鳴り響き、勤務中には誰かの視線を感じ、消灯後には足音が聞こえる。
そんな日々に、彼女は耐えきれなくなり、逃げるように会社を辞めた。
先輩とは、ずっと連絡を取っていない。
(超-1 2008/「きっかけ(2)」より)






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