2008年04月30日 00:09
ええと、何の話だっけ?
そうか、仕事の話だったな。
俺の仕事は知ってるだろ。リフォーム屋だよ。いわゆる「悪徳リフォーム」。
もちろん最初は真面目な街のリフォーム屋さんだったさ。
ところが契約先の会社が乗っ取られてな。
それからノルマノルマの毎日さ。粗悪な金具やら申し訳程度の空調ファンやらをとにかく捌け、ってな。
今のやり方だって、そいつらから”指導”されたって訳だ。
まあ、長く続くもんじゃないね。いろいろな意味で。
仕事の手順はこうだ。
まず目星を付けた地域に、不安をあおるチラシをポスティングしておく。
そうしておいてから、とびっきりの善意の人、って顔をしながら狙った家の玄関を叩く。
もちろんそこの家族構成はリサーチ済みさ。
狙うのは年寄りだけの家。特に独居老人なんかだと絶好のカモだな。
その時行った家は年寄り夫婦だけが住んでるボロ家で、爺さんは寝たきりって言う、絵に描いたようなカモ。
婆さんが玄関先に出てくると、開口一番こういう訳さ。
お婆ちゃん達が本当に心配で心配で、ってな。
長い間暮らしてきて、これからも住み続ける大切な家じゃない、今の内に悪い部分がないかどうかは見ておこうよ。
調査だけならタダだから。これ、今の時期だけのサービス、ってたたみかけるのさ。
それでね、調査するには家に上がってあちこち調べなきゃ行けないから、同意書が必要なのよ、って、”同意書”にハンコをもらう。
これが罠。
俺だって読んでて疲れるくらい、細かーい字でびっしり難しそうなことが書いてある訳だ。
婆さん、よくわからないうちに”同意書”って名前のリフォーム契約書兼ローン申込書に同意させられてるのさ。
俺達はハンコをもらう仕事。あとは上の仕事さ。奴らが「ハンコついただろうが!」と言えればオッケーなんだよ。
んで家に上がり込むと、ポケットからビー玉取り出して、床に置く。
そしたらコロコローっとビー玉は転がり出す。
古い建物なら何処だって、たいてい軽く傾いてたりするんだ。そりゃあビー玉だって転がるさ。
そうなりゃビー玉様々、家がゆがんでますよ、って後日、ホルダーって言う固定金具を取り付ける工事の名目にすることが出来る。
次は押し入れ。そこで使うのは”専用湿度計”。
押し入れなんて大概湿気が溜まってるから、湿度計は即座に反応を見せる。
それを見せながら、ありゃー、これはいけませんねー、ってさも大事のように言ってやるのさ。
しかもその家、押し入れの壁にシミまでありやがる。
壁がすかすかで結露してるから、これはちゃんとした断熱工事をしないとね、とか、そういう材料に出来るんだよ。
それからいよいよ、リフォームの定番、床下への突入だ。
さっき言ったホルダーの取り付け工事は、音も立てるし時間もかかる。
で、まずはゼオライトって調湿材を床下に撒いて、空調ファンをとりつける。
これならその日の内に出来るし、カモがどのくらい言いなりになって金を落とすかを見極められるって訳だ。
でもな、その床下に入った時、一瞬そんな考えが吹き飛んだね。
臭いんだよ。
それもゴミが腐ったとか犬猫が床下でおっ死んでるとか、そんなんじゃない。
悪徳になる前はちゃんとしたリフォーム屋を長年やって来たんだ。すぐわかったさ。
土が病んでる、ってね。
なんか、やな予感はその時からあったんだよな。
で、まあ、とっとと施工約束を取り付けたんだ。
サービスだから、任せてくれたら悪いようにはしないから、ってな。
サービスったって無料って事じゃない。”契約書”に乗っ取ってサービス業を全うしますよ、ってだけだ。
でも年寄りにゃそんな違いはわからないわな。
たいてい、すいませんねえ、とか、ありがとうございます。って感謝されたりするな。
悪いとは思うけど、こっちも商売だからな。
約束を取り付けると、仲間に工事日を伝えてとっとと引き揚げ。
んで工事日、俺と請負仲間の中尾って男の二人で、あの婆さんの家に乗り付けたんだ。
そうしたら婆さん、縁の下の手前で、バカみたいな本数の線香をもくもく焚いていやがる。
薄気味悪いけど仕事だから仕方がない。中尾と二人、苦笑いしつつ縁の下に潜ったよ。
床一面にびっしり調湿時を敷き詰めると、玩具みたいな空調ファンをそのそばに置いておく。
で、床に開けた穴からテーブルタップを通して、ファンの電源を差し込んで終わり。
電気工事士の資格なんざ持ってないからな。酷い話だと思うだろ? だが、こんなもんだよ。
仕事を終えるととっとと退去。何か聞かれてもサービスですから、って有耶無耶にしてな。
携帯から親会社に電話を入れて、家に帰り着く頃にはえらくしんどくてな。
帰るなり、布団にぶっ倒れて寝たよ。
だがな、どうも眠りが浅いんだ。
ぐっすり眠れない状況ってわかるか。余計に疲れるんだよ。
寝なきゃ疲れが取れない、って思えば思うほど眠れやしない。
うとうとしたと思ったら、ぱっと目が覚める。数分おきにそうなってみろよ。耐えられないだろ?
それで俺は、闇で買った睡眠薬を飲んだんだ。
いつもだったらそれ一錠で五秒でバタンキューだ。
ところが、全く効きやしない。
おまけに、変な声まで聞こえてきやがる。
女のけたたましい笑い声だ。
ずっと誰かに見られてるような気もするしな。
そんな寝てるんだか起きてるんだかわからない、とにかくしんどいのがずっと続いてた。
そうしたら、部屋に気持ち悪い臭いがしてきやがる。
そうだな……機械油が焦げたみたいな、吐きそうな臭いだ。
その時、家の電話が鳴って、ようやく我に返ったんだ。
電話口の向こうで、親会社の人間がえらく怒鳴ってやがる。
「三日間、報告もしないで何やってんだ!」ってな。
何を言ってるんだ? と思ったよ。
でも確かに、日付を確認すると三日経ってる。
よくわからないまま謝ってたら、こう言うんだよ。
「中尾と連絡が付かない。何処にいるか知らないか?」って。
あんまり大きい声じゃ言えないけど、この業界、姿を消す奴は結構居るんだよ。
みんなそれぞれ訳ありだからな。
中尾も真面目そうだったけど、その心の奥底まではわからないからな。
親会社には、心当たりはない、って答えるしかなかったよ。
電話を終えるとようやく頭が回ってきた。
あの婆さんが余計なことを考える前に顔を出さないと、今後のショーバイに関わる。
まだ起ききらない身体を起こすと、あちこちに妙な痛さが走る。
風呂場に行ってシャワーを浴びようと裸になって、やっとその痛さの原因がわかった。
鏡に映る俺の身体のあちこちに、無数の小さな痣が出来てる。
しかもよく見ると、その痣は小さな歯形に見える。
それは身体の前だけじゃなく、尻や背中にまで付いてた。
無理矢理忘れて、俺は車を飛ばした。
あの家の前に車を止めて玄関を叩くと、婆さんが出てくるなり、俺に向かってつばを吹き掛けやがった。
婆さん、鬼の形相で、帰れ! 帰れ! って俺を追い立てやがる。
「お前らが工事をしてから、爺さんがおかしくなった! 全部お前らのせいだ!」ってな。
そうなるともう話が通じる状態じゃない。大人しく引き下がるしかない。
あの婆さん、俺が車を走らせてからも、追いかけながらつばを吐いてやがった。
でもさ、むかつくと思わないか?
そのまま帰るのもシャクなんで、とりあえずその辺を流してみたよ。
もちろんいいカモが居たら捕まえようと思ってさ。
そうしたら、いい塩梅の古い家で、庭いじりをしている婆さんがいたんだよ。
おばあちゃん、おひとり?
なんて笑顔で声をかけると、その婆さん、自分からヨチヨチと近寄ってきたんだよ。
いやー、この辺のおうちが心配でね、まわってるんですよ、って言った途端。
婆さん、血相を変えて運転席の窓から顔を突っ込んで俺に言うんだよ。
「お前、何した! あの家に何した!」
その婆さんの話だと、あの家は「さわっちゃいけない家」なんだそうだ。
あの婆さんの家系は昔から「堕ろし屋」、つまり堕胎専門の産婆をやってたらしい。
「戦前までは裏手の小山に塚があって祠になっていたんだ。毎日きれいに掃除されて拝まれていたんだ。
それをあの人が全部駄目にした。塚を壊して、その上に家を建て増してしまった。
あたしらは障りがあるから、と何度も注意したのに、あたしの家だ、勝手じゃないか、って聞きやしない」
それからその村全体がおかしくなった、って婆さんは力説してたよ。
どうも俺は、増築工事をやった業者と勘違いされたみたいだな。
でも、そんなのは俺にとって大した問題じゃない。
……増築した離れ?
それって俺たちが潜った生臭いところじゃねーのか?
あの日婆さんが線香をもうもうと焚いていた場所じゃねーのか?
そう思った途端、あの気持ち悪い臭いがして来やがった。
偉い剣幕の婆さんに、あんた、逃げんじゃないよ! って怒鳴られたけど、そんなの無視して村から逃げた。
……あとは知らねぇな。二度と行く気もないしね。
そりゃ、親会社から畳みかけろって指示はあったよ。
でも、最初の工事の代金を取りに行った連中も手を焼いたんだろうな。それから何も言ってこなくなったよ。
中尾か?
今、どこにいるんだろうな。
それはともかくさ、ここ、見てくれよ。
……見えたか?
そうそう、上唇の裏側。黒いのがしみ出してただろ?
これが苦いんだよ。
あの時、てっきり外から臭ってきたと思ってたんだがな。
お守りとか御札とか、片っ端から手に入れてみたんだけどさ。
あんま効かねぇな、ああいうの。
ちっ、全くろくなもんじゃねぇ。
こいつがないと耐えられやしない。
何だ? お前もフリスク囓りたいのか?
悪ぃな。全部噛んじまった。
(超-1 2008/「苦い」より)
そうか、仕事の話だったな。
俺の仕事は知ってるだろ。リフォーム屋だよ。いわゆる「悪徳リフォーム」。
もちろん最初は真面目な街のリフォーム屋さんだったさ。
ところが契約先の会社が乗っ取られてな。
それからノルマノルマの毎日さ。粗悪な金具やら申し訳程度の空調ファンやらをとにかく捌け、ってな。
今のやり方だって、そいつらから”指導”されたって訳だ。
まあ、長く続くもんじゃないね。いろいろな意味で。
仕事の手順はこうだ。
まず目星を付けた地域に、不安をあおるチラシをポスティングしておく。
そうしておいてから、とびっきりの善意の人、って顔をしながら狙った家の玄関を叩く。
もちろんそこの家族構成はリサーチ済みさ。
狙うのは年寄りだけの家。特に独居老人なんかだと絶好のカモだな。
その時行った家は年寄り夫婦だけが住んでるボロ家で、爺さんは寝たきりって言う、絵に描いたようなカモ。
婆さんが玄関先に出てくると、開口一番こういう訳さ。
お婆ちゃん達が本当に心配で心配で、ってな。
長い間暮らしてきて、これからも住み続ける大切な家じゃない、今の内に悪い部分がないかどうかは見ておこうよ。
調査だけならタダだから。これ、今の時期だけのサービス、ってたたみかけるのさ。
それでね、調査するには家に上がってあちこち調べなきゃ行けないから、同意書が必要なのよ、って、”同意書”にハンコをもらう。
これが罠。
俺だって読んでて疲れるくらい、細かーい字でびっしり難しそうなことが書いてある訳だ。
婆さん、よくわからないうちに”同意書”って名前のリフォーム契約書兼ローン申込書に同意させられてるのさ。
俺達はハンコをもらう仕事。あとは上の仕事さ。奴らが「ハンコついただろうが!」と言えればオッケーなんだよ。
んで家に上がり込むと、ポケットからビー玉取り出して、床に置く。
そしたらコロコローっとビー玉は転がり出す。
古い建物なら何処だって、たいてい軽く傾いてたりするんだ。そりゃあビー玉だって転がるさ。
そうなりゃビー玉様々、家がゆがんでますよ、って後日、ホルダーって言う固定金具を取り付ける工事の名目にすることが出来る。
次は押し入れ。そこで使うのは”専用湿度計”。
押し入れなんて大概湿気が溜まってるから、湿度計は即座に反応を見せる。
それを見せながら、ありゃー、これはいけませんねー、ってさも大事のように言ってやるのさ。
しかもその家、押し入れの壁にシミまでありやがる。
壁がすかすかで結露してるから、これはちゃんとした断熱工事をしないとね、とか、そういう材料に出来るんだよ。
それからいよいよ、リフォームの定番、床下への突入だ。
さっき言ったホルダーの取り付け工事は、音も立てるし時間もかかる。
で、まずはゼオライトって調湿材を床下に撒いて、空調ファンをとりつける。
これならその日の内に出来るし、カモがどのくらい言いなりになって金を落とすかを見極められるって訳だ。
でもな、その床下に入った時、一瞬そんな考えが吹き飛んだね。
臭いんだよ。
それもゴミが腐ったとか犬猫が床下でおっ死んでるとか、そんなんじゃない。
悪徳になる前はちゃんとしたリフォーム屋を長年やって来たんだ。すぐわかったさ。
土が病んでる、ってね。
なんか、やな予感はその時からあったんだよな。
で、まあ、とっとと施工約束を取り付けたんだ。
サービスだから、任せてくれたら悪いようにはしないから、ってな。
サービスったって無料って事じゃない。”契約書”に乗っ取ってサービス業を全うしますよ、ってだけだ。
でも年寄りにゃそんな違いはわからないわな。
たいてい、すいませんねえ、とか、ありがとうございます。って感謝されたりするな。
悪いとは思うけど、こっちも商売だからな。
約束を取り付けると、仲間に工事日を伝えてとっとと引き揚げ。
んで工事日、俺と請負仲間の中尾って男の二人で、あの婆さんの家に乗り付けたんだ。
そうしたら婆さん、縁の下の手前で、バカみたいな本数の線香をもくもく焚いていやがる。
薄気味悪いけど仕事だから仕方がない。中尾と二人、苦笑いしつつ縁の下に潜ったよ。
床一面にびっしり調湿時を敷き詰めると、玩具みたいな空調ファンをそのそばに置いておく。
で、床に開けた穴からテーブルタップを通して、ファンの電源を差し込んで終わり。
電気工事士の資格なんざ持ってないからな。酷い話だと思うだろ? だが、こんなもんだよ。
仕事を終えるととっとと退去。何か聞かれてもサービスですから、って有耶無耶にしてな。
携帯から親会社に電話を入れて、家に帰り着く頃にはえらくしんどくてな。
帰るなり、布団にぶっ倒れて寝たよ。
だがな、どうも眠りが浅いんだ。
ぐっすり眠れない状況ってわかるか。余計に疲れるんだよ。
寝なきゃ疲れが取れない、って思えば思うほど眠れやしない。
うとうとしたと思ったら、ぱっと目が覚める。数分おきにそうなってみろよ。耐えられないだろ?
それで俺は、闇で買った睡眠薬を飲んだんだ。
いつもだったらそれ一錠で五秒でバタンキューだ。
ところが、全く効きやしない。
おまけに、変な声まで聞こえてきやがる。
女のけたたましい笑い声だ。
ずっと誰かに見られてるような気もするしな。
そんな寝てるんだか起きてるんだかわからない、とにかくしんどいのがずっと続いてた。
そうしたら、部屋に気持ち悪い臭いがしてきやがる。
そうだな……機械油が焦げたみたいな、吐きそうな臭いだ。
その時、家の電話が鳴って、ようやく我に返ったんだ。
電話口の向こうで、親会社の人間がえらく怒鳴ってやがる。
「三日間、報告もしないで何やってんだ!」ってな。
何を言ってるんだ? と思ったよ。
でも確かに、日付を確認すると三日経ってる。
よくわからないまま謝ってたら、こう言うんだよ。
「中尾と連絡が付かない。何処にいるか知らないか?」って。
あんまり大きい声じゃ言えないけど、この業界、姿を消す奴は結構居るんだよ。
みんなそれぞれ訳ありだからな。
中尾も真面目そうだったけど、その心の奥底まではわからないからな。
親会社には、心当たりはない、って答えるしかなかったよ。
電話を終えるとようやく頭が回ってきた。
あの婆さんが余計なことを考える前に顔を出さないと、今後のショーバイに関わる。
まだ起ききらない身体を起こすと、あちこちに妙な痛さが走る。
風呂場に行ってシャワーを浴びようと裸になって、やっとその痛さの原因がわかった。
鏡に映る俺の身体のあちこちに、無数の小さな痣が出来てる。
しかもよく見ると、その痣は小さな歯形に見える。
それは身体の前だけじゃなく、尻や背中にまで付いてた。
無理矢理忘れて、俺は車を飛ばした。
あの家の前に車を止めて玄関を叩くと、婆さんが出てくるなり、俺に向かってつばを吹き掛けやがった。
婆さん、鬼の形相で、帰れ! 帰れ! って俺を追い立てやがる。
「お前らが工事をしてから、爺さんがおかしくなった! 全部お前らのせいだ!」ってな。
そうなるともう話が通じる状態じゃない。大人しく引き下がるしかない。
あの婆さん、俺が車を走らせてからも、追いかけながらつばを吐いてやがった。
でもさ、むかつくと思わないか?
そのまま帰るのもシャクなんで、とりあえずその辺を流してみたよ。
もちろんいいカモが居たら捕まえようと思ってさ。
そうしたら、いい塩梅の古い家で、庭いじりをしている婆さんがいたんだよ。
おばあちゃん、おひとり?
なんて笑顔で声をかけると、その婆さん、自分からヨチヨチと近寄ってきたんだよ。
いやー、この辺のおうちが心配でね、まわってるんですよ、って言った途端。
婆さん、血相を変えて運転席の窓から顔を突っ込んで俺に言うんだよ。
「お前、何した! あの家に何した!」
その婆さんの話だと、あの家は「さわっちゃいけない家」なんだそうだ。
あの婆さんの家系は昔から「堕ろし屋」、つまり堕胎専門の産婆をやってたらしい。
「戦前までは裏手の小山に塚があって祠になっていたんだ。毎日きれいに掃除されて拝まれていたんだ。
それをあの人が全部駄目にした。塚を壊して、その上に家を建て増してしまった。
あたしらは障りがあるから、と何度も注意したのに、あたしの家だ、勝手じゃないか、って聞きやしない」
それからその村全体がおかしくなった、って婆さんは力説してたよ。
どうも俺は、増築工事をやった業者と勘違いされたみたいだな。
でも、そんなのは俺にとって大した問題じゃない。
……増築した離れ?
それって俺たちが潜った生臭いところじゃねーのか?
あの日婆さんが線香をもうもうと焚いていた場所じゃねーのか?
そう思った途端、あの気持ち悪い臭いがして来やがった。
偉い剣幕の婆さんに、あんた、逃げんじゃないよ! って怒鳴られたけど、そんなの無視して村から逃げた。
……あとは知らねぇな。二度と行く気もないしね。
そりゃ、親会社から畳みかけろって指示はあったよ。
でも、最初の工事の代金を取りに行った連中も手を焼いたんだろうな。それから何も言ってこなくなったよ。
中尾か?
今、どこにいるんだろうな。
それはともかくさ、ここ、見てくれよ。
……見えたか?
そうそう、上唇の裏側。黒いのがしみ出してただろ?
これが苦いんだよ。
あの時、てっきり外から臭ってきたと思ってたんだがな。
お守りとか御札とか、片っ端から手に入れてみたんだけどさ。
あんま効かねぇな、ああいうの。
ちっ、全くろくなもんじゃねぇ。
こいつがないと耐えられやしない。
何だ? お前もフリスク囓りたいのか?
悪ぃな。全部噛んじまった。
(超-1 2008/「苦い」より)






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