2008年04月30日 21:31
「昔の、といっても10年くらい前の話なんだけど」
筈見さんは大学を出てからも、気ままなフリーター生活を送っていた。
そんな彼を団塊世代の父親が快く思うはずもなく、親子の中はギスギスしていた。
その為、しばらく実家とは疎遠になっていた。
しかし、実家が老朽化し立て替えが決まると、実家に残した荷物の処遇を決める為に連絡を取り合う回数が増えた。
そんな時、妹の純子さんが彼に電話をかけてきた。
なんでも、”ママやパパには絶対見られたくないもの”を宅配便で送るので、彼に預かって欲しいというのだ。
「絶対開けちゃダメだよ! 絶対見ないでね!」
と、しつこく念を押された荷物は間もなく届いた。
どうせ恥ずかしい日記や写真だろう、と特に気にもかけず、それは部屋の片隅に放置された。
それから数ヶ月して、彼が手伝いを行わなくても立て替えは無事に終わった。
その数日後には純子さんから、荷物を返してくれてもいい、という電話があった。
気にはしてなかったが思い出したら邪魔に思えてきたので、週末に池袋のマクドナルドで受け渡す約束をした。
「絶対開けちゃダメだよ! 絶対見ないでね!」
純子さんに何度も念を押された彼はカチンと来た。
彼は純子さんの要望通り、箱を塞ぐガムテープを取り除きはじめた。
ばれないように再び梱包する自信が、彼にはあった。
が、蓋を開けてみて呆れた。
箱の中に、小さな箱がある。
あからさまに怪しい。
「人は信用しなくちゃ、ねえ」
彼はその箱も素早く開梱する。
中には、プチプチにくるまれたものが三つ。
一つ目は、アリナミンの瓶に入った乳歯。
おそらく、純子さんのものに違いない。
(そういえば昔、純子さんの乳歯が抜けた時、自分がされたように屋根の上に放り投げようとして、母親に酷く叱られたな……)
二つ目は、小動物の頭蓋骨。
猫ぐらいの大きさで、飴色をしている。
下顎の部分はなく、かなりの年季が入っているように見える。
そして三つ目は、竹筒に入った木片。
これも頭蓋骨と同じくらいの年季が入っている様に見える。
黒ずんだ竹筒の中に、荒い布でくるまれた小さな物差しのような木片が入っている。
木片を引っ張り出してみると、三つの穴が人の目鼻のようにぽっかりと空いていた。
その三つのうち、乳歯以外には見覚えがあった。
幼い頃に祖母の家の中にある「入っちゃダメ」な部屋に忍び込み、それらを盗み見たのだ。
結局彼は祖母に見つかり、恐ろしいくらい激しく叱られて大泣きした。
彼の祖母は昔、近所の人に頼まれて拝み屋のような仕事をしていたらしい。
それも彼が産まれた頃には廃業していたらしいが、近所からは結構な尊敬を集めていたらしい。
これらはおそらく、その為の呪具に違いない。
でも何故、それを妹が持ってるんだ?
何故、それを両親に絶対に見られたくないんだ?
そんなことを考えていた筈見さんを、強烈な吐き気が襲った。
呼吸を妨げるような酷い嘔吐感。
彼は口を押さえながらトイレに駆け込むと、一気に吐いた。
便器にぶちまけられたそれを見て、彼は自分の目を疑った。
血に染まった便器の中を、見たこともない細長い魚がキィキィ泣きながら泳いでいる。
彼の見ている前で、その魚は下水管の奥へと消えていった。
彼は床にへたり込んだ。
視線を落とすと、白いTシャツの前面が、自分の吐いた血で真っ赤に染まっている。
俺、死ぬかも知れない。
震える身体を引きずりながら、彼は電話まで這っていき、救急車を呼んだ。
財布や保険証を入れっぱなしにしてある鞄を掴むと、玄関の鍵を開けてその前に座り、救急車を待った。
どれくらい経っただろうか。
気付くと、彼の足元に一匹の猫が居る。
それは彼が子供の頃、実家で飼っていた猫に間違いなかった。
その猫は彼にとても懐いていたのだが、ある日突然その姿を消した。
久しぶりに見るその猫は、昔と同じように彼の足元にすり寄っている。
「お前、こんなとこにいたのか……」
その猫がもう生きていないことを、彼は察していた。
「ああ、俺、もう、そっちへ行っちゃうのかなぁ……」
その時、遠くからサイレンの音が近づいてきた。
サイレンの音は彼の家の前で止まり、玄関を開けて救急隊員が入ってきた。
玄関先に血まみれで横たわる彼を見て、退院は驚き、すぐに病院に搬送すると検査が行われた。
車椅子に乗せられ、慌ただしくあちこちの検査室を梯子して、その夜は終わった。
翌日、ベッドで横になっている彼のそばで、検査結果を見ながら医者が首をかしげている。
検査の結果、見つかった異常は軽い胃炎だけだった。
一瞬、あの魚のことを話そうかと彼は思ったが、変に思われて神経科に回されるのも面倒なので、言うのをやめた。
「念のためもう1泊するか? 家族に電話して来て貰うか?」
医者の言葉に彼は首を横に振った。
もし親に連絡されて、あの部屋に荷物を取りにでも行かれたら。
部屋には恥ずかしい本や恥ずかしいビデオが転がっている。
それに。
開けっぱなしになっている「開けちゃダメ」三点セットが訪問者を待っている。
医者をなだめすかし、荷物を取りに一度戻らせてくれるよう頼んだ。
そして病院を出た彼は、二度とそこへは戻らなかった。
そして週末になり、再封印した三点セットを持って、彼はマクドナルドへ行った。
そこには三年ぶりに見る妹が待っていた。
純子さんはすっかり可愛らしい女子高生になっていたが、それに気を取られている場合ではない。
彼は箱を開けて中身を見たこと、そして血と魚を吐いたことを話した。
「これ、一体何なんだ? 何か知ってるのか? 話せよ!」
つい彼は、激しい口調で純子さんを責め立ててしまった。
余りの剣幕に驚いた彼女は、ぽろぽろと涙を流した。
マクドナルドの中で、冴えないフリーターが女子高生を泣かせている。
その状況は相当気まずかった。
彼は純子さんをなだめ、どうにか泣き止ませた。
純子さんは、たどたどしく話を始めた。
彼女の話では、頭蓋骨と竹筒は筈見家の女が代々受け継いでいくものだという。
乳歯については、引き継ぐ資格を持つ女性が小さい頃から大事に取っておく必要があるらしい。
本来は、相続権は母親にあるはずだったのだが、「六十歳違いは特別」というルールがあり、祖母と六十歳違いの彼女が引き継ぐことになったという。
「一旦受け継いだら、他の家族、特に男の人には絶対触らせちゃダメなの」
「ちょっと待て、それを何故俺に?」
「家に置いといて、引越しの時にパパが間違えて触っちゃったらあたしが怒られるしぃ」
「あのなぁ、俺も男だぞ!」
「でもお兄ちゃんはもう家出しちゃってるし、そういうの信じないヒトだから、何となく大丈夫だと思って……」
余りにも飛躍した思考回路に、彼は頭の奥がチリチリとしているのを感じた。
「本当にごめんなさい。でもママには言わないでね。パパにもダメよ!」
彼女はそういうと、レッスンバッグに「呪いの三点セット」を仕舞うと、何事もなかったかのように表通りの雑踏の中へ去っていった。
その後、父親が「呪いの三点セット」について知っているのかが気になったが、相変わらずそりが合わない為、聞くことはなかった。
それから年月が流れていき、彼にとってはそれは遠い過去の夢のようなものとして、記憶の隅に追いやられた。
それから十年後、彼はフリーターを卒業。今や数人の部下に指示を出す立場となっている。
純子さんも二年前に職場結婚し、幸せな生活を送っている。
その純子さんに昨年の春、子供が産まれた。
女の子だった。
「その時のお袋の喜びようったら異常でさ、旦那の実家を差し置いて、すっかり養育担当さ。純子もそれで良いみたいだし……」
彼女達のそんな様子を見ていた筈見さんの脳裏に、あの記憶が濃厚な「事実」として蘇る。
姪の将来について、彼はなるべく考えないようにしている。
(超-1 2008/「女伝え」より)
筈見さんは大学を出てからも、気ままなフリーター生活を送っていた。
そんな彼を団塊世代の父親が快く思うはずもなく、親子の中はギスギスしていた。
その為、しばらく実家とは疎遠になっていた。
しかし、実家が老朽化し立て替えが決まると、実家に残した荷物の処遇を決める為に連絡を取り合う回数が増えた。
そんな時、妹の純子さんが彼に電話をかけてきた。
なんでも、”ママやパパには絶対見られたくないもの”を宅配便で送るので、彼に預かって欲しいというのだ。
「絶対開けちゃダメだよ! 絶対見ないでね!」
と、しつこく念を押された荷物は間もなく届いた。
どうせ恥ずかしい日記や写真だろう、と特に気にもかけず、それは部屋の片隅に放置された。
それから数ヶ月して、彼が手伝いを行わなくても立て替えは無事に終わった。
その数日後には純子さんから、荷物を返してくれてもいい、という電話があった。
気にはしてなかったが思い出したら邪魔に思えてきたので、週末に池袋のマクドナルドで受け渡す約束をした。
「絶対開けちゃダメだよ! 絶対見ないでね!」
純子さんに何度も念を押された彼はカチンと来た。
彼は純子さんの要望通り、箱を塞ぐガムテープを取り除きはじめた。
ばれないように再び梱包する自信が、彼にはあった。
が、蓋を開けてみて呆れた。
箱の中に、小さな箱がある。
あからさまに怪しい。
「人は信用しなくちゃ、ねえ」
彼はその箱も素早く開梱する。
中には、プチプチにくるまれたものが三つ。
一つ目は、アリナミンの瓶に入った乳歯。
おそらく、純子さんのものに違いない。
(そういえば昔、純子さんの乳歯が抜けた時、自分がされたように屋根の上に放り投げようとして、母親に酷く叱られたな……)
二つ目は、小動物の頭蓋骨。
猫ぐらいの大きさで、飴色をしている。
下顎の部分はなく、かなりの年季が入っているように見える。
そして三つ目は、竹筒に入った木片。
これも頭蓋骨と同じくらいの年季が入っている様に見える。
黒ずんだ竹筒の中に、荒い布でくるまれた小さな物差しのような木片が入っている。
木片を引っ張り出してみると、三つの穴が人の目鼻のようにぽっかりと空いていた。
その三つのうち、乳歯以外には見覚えがあった。
幼い頃に祖母の家の中にある「入っちゃダメ」な部屋に忍び込み、それらを盗み見たのだ。
結局彼は祖母に見つかり、恐ろしいくらい激しく叱られて大泣きした。
彼の祖母は昔、近所の人に頼まれて拝み屋のような仕事をしていたらしい。
それも彼が産まれた頃には廃業していたらしいが、近所からは結構な尊敬を集めていたらしい。
これらはおそらく、その為の呪具に違いない。
でも何故、それを妹が持ってるんだ?
何故、それを両親に絶対に見られたくないんだ?
そんなことを考えていた筈見さんを、強烈な吐き気が襲った。
呼吸を妨げるような酷い嘔吐感。
彼は口を押さえながらトイレに駆け込むと、一気に吐いた。
便器にぶちまけられたそれを見て、彼は自分の目を疑った。
血に染まった便器の中を、見たこともない細長い魚がキィキィ泣きながら泳いでいる。
彼の見ている前で、その魚は下水管の奥へと消えていった。
彼は床にへたり込んだ。
視線を落とすと、白いTシャツの前面が、自分の吐いた血で真っ赤に染まっている。
俺、死ぬかも知れない。
震える身体を引きずりながら、彼は電話まで這っていき、救急車を呼んだ。
財布や保険証を入れっぱなしにしてある鞄を掴むと、玄関の鍵を開けてその前に座り、救急車を待った。
どれくらい経っただろうか。
気付くと、彼の足元に一匹の猫が居る。
それは彼が子供の頃、実家で飼っていた猫に間違いなかった。
その猫は彼にとても懐いていたのだが、ある日突然その姿を消した。
久しぶりに見るその猫は、昔と同じように彼の足元にすり寄っている。
「お前、こんなとこにいたのか……」
その猫がもう生きていないことを、彼は察していた。
「ああ、俺、もう、そっちへ行っちゃうのかなぁ……」
その時、遠くからサイレンの音が近づいてきた。
サイレンの音は彼の家の前で止まり、玄関を開けて救急隊員が入ってきた。
玄関先に血まみれで横たわる彼を見て、退院は驚き、すぐに病院に搬送すると検査が行われた。
車椅子に乗せられ、慌ただしくあちこちの検査室を梯子して、その夜は終わった。
翌日、ベッドで横になっている彼のそばで、検査結果を見ながら医者が首をかしげている。
検査の結果、見つかった異常は軽い胃炎だけだった。
一瞬、あの魚のことを話そうかと彼は思ったが、変に思われて神経科に回されるのも面倒なので、言うのをやめた。
「念のためもう1泊するか? 家族に電話して来て貰うか?」
医者の言葉に彼は首を横に振った。
もし親に連絡されて、あの部屋に荷物を取りにでも行かれたら。
部屋には恥ずかしい本や恥ずかしいビデオが転がっている。
それに。
開けっぱなしになっている「開けちゃダメ」三点セットが訪問者を待っている。
医者をなだめすかし、荷物を取りに一度戻らせてくれるよう頼んだ。
そして病院を出た彼は、二度とそこへは戻らなかった。
そして週末になり、再封印した三点セットを持って、彼はマクドナルドへ行った。
そこには三年ぶりに見る妹が待っていた。
純子さんはすっかり可愛らしい女子高生になっていたが、それに気を取られている場合ではない。
彼は箱を開けて中身を見たこと、そして血と魚を吐いたことを話した。
「これ、一体何なんだ? 何か知ってるのか? 話せよ!」
つい彼は、激しい口調で純子さんを責め立ててしまった。
余りの剣幕に驚いた彼女は、ぽろぽろと涙を流した。
マクドナルドの中で、冴えないフリーターが女子高生を泣かせている。
その状況は相当気まずかった。
彼は純子さんをなだめ、どうにか泣き止ませた。
純子さんは、たどたどしく話を始めた。
彼女の話では、頭蓋骨と竹筒は筈見家の女が代々受け継いでいくものだという。
乳歯については、引き継ぐ資格を持つ女性が小さい頃から大事に取っておく必要があるらしい。
本来は、相続権は母親にあるはずだったのだが、「六十歳違いは特別」というルールがあり、祖母と六十歳違いの彼女が引き継ぐことになったという。
「一旦受け継いだら、他の家族、特に男の人には絶対触らせちゃダメなの」
「ちょっと待て、それを何故俺に?」
「家に置いといて、引越しの時にパパが間違えて触っちゃったらあたしが怒られるしぃ」
「あのなぁ、俺も男だぞ!」
「でもお兄ちゃんはもう家出しちゃってるし、そういうの信じないヒトだから、何となく大丈夫だと思って……」
余りにも飛躍した思考回路に、彼は頭の奥がチリチリとしているのを感じた。
「本当にごめんなさい。でもママには言わないでね。パパにもダメよ!」
彼女はそういうと、レッスンバッグに「呪いの三点セット」を仕舞うと、何事もなかったかのように表通りの雑踏の中へ去っていった。
その後、父親が「呪いの三点セット」について知っているのかが気になったが、相変わらずそりが合わない為、聞くことはなかった。
それから年月が流れていき、彼にとってはそれは遠い過去の夢のようなものとして、記憶の隅に追いやられた。
それから十年後、彼はフリーターを卒業。今や数人の部下に指示を出す立場となっている。
純子さんも二年前に職場結婚し、幸せな生活を送っている。
その純子さんに昨年の春、子供が産まれた。
女の子だった。
「その時のお袋の喜びようったら異常でさ、旦那の実家を差し置いて、すっかり養育担当さ。純子もそれで良いみたいだし……」
彼女達のそんな様子を見ていた筈見さんの脳裏に、あの記憶が濃厚な「事実」として蘇る。
姪の将来について、彼はなるべく考えないようにしている。
(超-1 2008/「女伝え」より)




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