【リライト】代車

2008年04月05日 02:37

 車検の間、通勤の足のために借りた代車は、ボロボロのマーチ。
 キーを渡され、運転席に乗り込んだ時から気持ちが悪い。
 愛車のワンボックスと違い、狭いせいか?
 そう言い聞かせることにした。

 翌朝の通勤は、もちろんあのマーチ。
 やっぱり気持ちが悪い。
 会社について一息ついていると、急な配達の仕事が入った。
 近場なら徒歩で済ませられるのだが、その配達先は遠い。
 移動手段はもちろん、あのマーチしかない。
 乗りたくないが、しょうがない。

 配達を終えて戻る途中、あまりにも気持ちが悪く、少し休む事にした。
 ちょっとくらいサボったっていいよな。
 シートを倒し、目を閉じる。

 ……スーッ。
 ……ハーッ。

 寝息が聞こえる。
 ……あれ? 自分の寝息って聞こえるもんか?
 微睡みかけた頭が醒めた。
 違和感を感じ、息を止めてみた。

 ……スーッ。
 ……ハーッ。

 やっぱり聞こえる、ゆっくりした息づかい。
 倒したシートの下から。
 後部座席に横になって寝ると、ちょうど頭がシートの下に来るな。
 確認するが、誰もいない。
 慌ててシートを起こし、車を走らせた。

 その日、どう仕事をこなしたのか覚えていない。
 気づけば帰宅の時間になっていた。
 帰りの足はもちろん、あのマーチしかない。
 乗らずに済むなら乗りたくない。
 今日一日だけ我慢すれば、明日には愛車が戻ってくる。
 覚悟を決めて運転席に乗り込み、カーステレオの音量を上げた。
 これで変な物音も聞こえない。
 ハンドルに手をかけ、いざ走り出そうとした時、バックミラーが目に留まった。

 そこには、青と黄色のボーダーのシャツを着た、小さな男の子の姿があった。
 俯いて、眠そうに目を擦っている。
 男の子は両手を挙げて大きく伸びをすると、ゆっくり顔を上げ始めた。
 思い切って振り返るが、そこには男の子の姿はなかった。
 再びバックミラーを覗いたが、誰もいない後部座席が映るだけだった。

 翌日、あのマーチを工場に届け、愛車を受け取った。
 応対した工場長にこれまでの話をすると、彼は平謝りした。
「実はこの車、事故車というか何というか……。
 最初のオーナーさんは若いご夫婦だったらしいです。夫婦揃ってパチンコ好きだったようです。
 小さいお子さんがいたらしいんですが……」
 彼は言葉を濁したが、それだけですべてを察した。
 たびたびニュースに取り上げられる、車内放置死。
 あの子は、それで死んだのか。

 今でもあのオンボロマーチの後部座席に、あの子はいるんじゃないだろうか。
 眠い目を擦りながら、両親の帰りを待ち続けて。

(超-1 2008/「代車の話」より改題)

※せんべい猫より
 このお話の原題は「代車の話」という題名でしたが、「〜の話」の部分を削る事で、より代車での体験談をストレートに印象づける事が出来ると思い、「代車」というシンプルな題名に改めました。
 改題について、ご理解いただければ幸いです。


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