【リライト】カーテン

2008年03月31日 10:43

「ここか」
 山住さんはそのマンションの前に軽トラックを止めると、荷台から灯油のポリタンクを取り出し、エントランスに向かった。
 バイクの維持費のために始めた灯油配達のアルバイトだったが、このマンションに来るのは初めてたっだ。
 三階建てで一フロア四世帯、エレベーターもない古いマンションの階段は、古びた蛍光灯の頼りない明かりで、かろうじて夜の闇の浸食を防いでいた。
 その頼りない明かりの中を駆け上り、目的の二階、二〇二号室の前に到着し、チャイムを押した。
「すみません、風邪がひどくて、動けなくなっちゃって」
 玄関先に出た若い女性は、咳き込みながらそう言うと、ポリタンクをどうにか受け取り、代金を支払ってくれた。

 それからしばらくして、山住さんは再びあのマンションにやってきた。
 依頼主はあの二〇二号室の女性だった。
 昼下がりの陽気の中でも、そのマンションだけはどこどなく暗い気がした。
 エントランスに入って、それは気のせいではないと確信した。
 とにかく薄暗い。まるで闇が張り付いているかのようだ。
 その闇は階段に近づくにつれて濃くなっている。
 階段に一歩足を踏み込むと、深い闇が彼の姿を包んだ。足下もろくに見えない。
 所々に設置されている蛍光灯が儚げに明滅している。
 小さな明かり取りから差し込む外光が、闇に吸い込まれている。
 初めて配達に来た時の、真夜中の階段と全く同じだった。

 どうにか二〇二号室の前まで来ると、中から激しい咳払いが廊下まで聞こえてくる。
 ためらいながらもチャイムを押すと、あの女性が姿を現した。
 が、その顔は窶れ、生気を失っていた。
 ドアの隙間から見える室内は真っ暗だった。
「おいくらですか?」
 言われて、手元の伝票を広げるが、書かれている文字が読めない。
 それだけ、闇が濃いのだ。
 その闇を閃光がひらめき、彼の手元を照らし出した。
 二〇二号室の女性が、懐中電灯を点けたのだ。
 彼女はそそくさと支払いを済ませ、ポリタンクを受け取ると、逃げるように扉を閉じた。

「何だ、ここ……?」
 嫌な気持ちが拭えない山住さんは、確認するかのようにそのマンションを見上げた。
 よく見ると、そのマンションの窓は、すべてカーテンが閉じられている。
 それもレースカーテンのような明るいものではなく、遮光カーテンのような分厚いもののようだ。
 その窓の正面には、真新しい豪奢なビルが鎮座している。
 そういえば確か、あれは住居じゃなく、マンション型屋内霊園だったな。

 そのマンションの様子はまるで、そのビルからの何かを、カーテンで必死に遮ろうとしているかのように見えた。

(超-1 2008/「カーテン」より)


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