【リライト】業火の記憶

2008年03月31日 10:47

 転勤したての中谷さんの悩み事は、通勤のルートだった。
 会社の最寄り駅の通りはあまり治安がよくなく、浮浪者の姿が目についた。
 だが、浮浪者よりも困るのが、順路の中間地点にある無縁塚だった。
 その前を通ると、気力が吸い取られ、どっと疲れてしまう。
 気力十分な出勤時はともかく、仕事で消耗した帰路はかなり堪えてしまう。
 家に帰り着くと、ソファーの上で長時間、死んだように動けなくなる。

 困り果てた中谷さんがそれとなく同僚に相談すると、別の道を教えてくれた。
 その道は今までのルートと平行する裏通りで、時間は変わらないが街灯が少なく、少し薄暗い。
 浮浪者の数も表通りより若干目につくが、あの無縁塚よりはいい。
 彼女は足早に裏通りを進んでいた。その時。

 ずっ。

 頭に何かが突き刺さるような感覚と、全身の力が奪われていく感覚に、思わずよろめく。
 口中をねっとりと苦い唾液が満たす。
 鼻孔に押し寄せる、焦げ臭い空気。これは……。

”あつい!”

 体中を激しい熱が包む。表皮がちりちりと焼け崩れていく感覚。

”あつい、あついよー!”

 断末魔の悲鳴が彼女の頭の中でサイレンのように鳴り響く。
 たまらず、彼女はその場に蹲った。
 まもなく、彼女を襲うそれらの感覚は、潮が引くかのように収まっていった。
 ようやく体を起こした彼女の視線の先には、燃え落ちた民家があった。
 家の前には献花と供物が置かれていた。
 通りの近辺をよく見てみると、あちこちに目撃者情報を募る看板が点在していた。

 翌日から中谷さんは、ひとつ先の駅から、大きく迂回するルートで通勤を始めた。
 周囲に理由を聞かれるたびに、ダイエットのためです、と彼女は笑って誤魔化している。

(超-1 2008/「業火の記憶」より)


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