【リライト】裂傷

2008年04月10日 01:13

 新年のセールである程度の成果を上げた伊藤さんは、同行した友人とともに近くの喫茶店に入った。
 ケーキと紅茶のセットを頼み、待っている間、買った商品の話で盛り上がった。
 セットが到着し、話も一段落したあたりで、あるカップルに目が留まった。
 男性はパンクロック風、一緒にいる女の子はゴスロリ風という、いかにもなカップル。
「いるよね、ああいうカップルって」
 彼らに聞こえないよう、二人は小声で囁きあいながら、カップルの様子を観察していた。

 不意に、友人が声をさらに潜めた。
「見て、女の子の手首」
 言われて伊藤さんがよく観察してみると、女の子のストローを持つ手の手首に、無数の傷跡があった。
 中には、赤黒く生々しい、おそらく治りかけと思われる傷跡もある。
 もちろん、自然に出来る傷ではない。
 ぞっとしながらも彼女がその傷跡を凝視していると、その生々しい傷のひとつが、ゆっくり動いているように見えた。
 まるで、何かを喋ろうとしている口のように。
 首を捻る彼女は、不意に自分を見る視線に気づいた。
 見ると、パンク男が彼女を見つめていた。
 男は微笑み、彼女に何かを伝えるかのように、口を小さく動かした。
 彼女は視線をそらした。
 いたたまれなくなった彼女達は、そそくさと店を出た。
 帰る途中、友人に話を聞くと、彼女は傷の異変とパンク男の行動について、全く気づいていなかった。

 疲れ果てた伊藤さんは家に帰り着くと、急に不安になり、彼氏に電話をした。
 彼氏は仕事を終え次第、彼女の家に来ると言ってくれた。
 ほっとした彼女は荷物を部屋に片付け、汗を流そうと風呂場へ向かった。
 脱衣所で服を脱ぎ、浴室の扉を開けた。
 その彼女の横を、何かが横切った。

 気づくと、玄関先で彼に抱きかかえられていた。
 チャイムを押しても応答がない為、合い鍵で扉を開けると、そこに伊藤さんが倒れていたのだという。
 彼女の周りには、大量の髪の毛が散乱していた。
 慌てて自分の髪に手を当てると、出鱈目に切り落とされていた。
 その足下に、髪の毛の付着した鋏が転がっていた。

(超-1 2008/「裂傷」より)


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