【リライト】理由

2008年04月11日 00:45

 長谷川さんは小学生の頃、夏休みに家族全員で祖父の家に遊びに行った。
 祖父の家の裏には小さな川があり、彼は近所の子供達と一緒に泳いだり、魚捕りをして、毎日、日が暮れるまで遊んだ。

 ある日、いつものように遊びに行こうとすると、祖父に止められた。
 今日からお盆だから、家で大人しくしていろと言うのだ。
 だが、遊び盛りの長谷川さんが素直に従うはずもない。
 隙を見て家を抜け出し、バケツ片手に川へと向かった。

 川には夥しい魚影が見えた。
 これまで見たことのない、川面を黒々と染めるかのような魚の群れに、長谷川さんは驚きながらも興奮を隠せなかった。
 魚は何故か動きが遅く、いとも簡単に捕まえることが出来た。
 素手で片っ端に捕まえてはバケツに放り込む。
 満足行くまで捕り続けると、彼は川から上がり、バケツの中を覗き込んだ。

 バケツの中に、無数に蠢く人の顔が見えた。

 魚の顔が全て人の顔になっている。
 無表情で生気のないその顔を付けた魚が、バケツの中で泳いでいる。
 どれひとつとして、同じ顔はない。
 驚いて目を逸らせたが、好奇心が彼の背中を押した。
 もう一度バケツの中を覗き込む。
 やはり、人間の顔のままだ。
 その時、一匹の目だけがぐりっと動き、彼を見つめた。
 彼は全てを放り出し、一目散に逃げ出した。

 帰宅して一部始終を話すと、
「だから行くなち言うたやろが」
 祖父にこっぴどく叱られた。

「それ以来、魚を見るとあの顔を思い出してね」
 長谷川さんは魚を食べることが出来なくなった。

(超-1 2008/「理由」より)


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