【リライト】地下住居

2008年04月11日 00:47

 広川さんは大の沖縄好きである。
 間もなく定年を迎える彼は、セカンドライフを楽しむ為、すでに沖縄の南端にある住居を購入していた。
 ある時、たまたま出張で沖縄に行くことになった彼は、スケジュールを調整して新居見学の時間を作った。
 その日は新生活をシミュレートしながら室内を見て回り、庭の手入れをし、近隣を散策した。
「そうだ、あそこに行ってみよう」
 ふと彼は、ある場所を思い出した。
 そこは観光スポットとして解放されている防空壕だった。
 天然の洞窟を利用して作られたその防空壕は、戦時中は数百人が隠れ住んでいたという、かなりの規模を誇るものらしい。

 防空壕の入り口には、申し訳程度の囲いが付けられ、その切れ目に古びたプレハブ小屋が設置されていた。
 その窓から顔を覗かせた老人に入場料を払うと、懐中電灯を渡された。
「中は暗いので、気をつけなさい」
 小屋を背に山中の順路を少し進むと、ぽっかりと口を開いた洞窟が現れた。
 立ったまま大人三人が並んで歩ける程の広さだ。
 懐中電灯を点けて洞窟の中へ踏み入る。
 老人の言うとおり闇が深い。その上、濃い湿気が肌にまとわりつく。
 何の変哲もない洞窟の風景に見飽きた頃、少し開けた空間に出た。

 懐中電灯でその空間を照らした瞬間、体表に凄まじい怖気が走った。
 頼りない灯りは、未だに残されたままの、焦げた鍋や釜などを照らし出している。
 洞窟の中には彼ひとりだけ。
 他にも人がいる。
 その姿は見えない。
 この空間のそこかしこに、濃厚な人の気配を感じる。
 微かな息遣い、衣擦れの音、地面の小石を踏みしめる音……。
 そして、洞内に立ちこめる、焦げくさい臭い。

 広川さんはその場に固まったように動けなくなった。
 その時間は、とても長く感じられた。
 このままだと、俺も引き込まれてしまう……!
 これまで味わったことのない恐怖が彼を突き動かし、這々の体で洞窟から脱出することが出来た。

「どうしたんですか、そんな真っ青な顔をして」
 入り口までどうにか戻った広川さんを見ても、受付の老人は驚いた様子は微塵もなかった。

(超-1 2008/「地下住居」より)


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