2008年04月11日 00:49
節子さんは、かつて何度も同じ夢を見る時期があった。
藁葺き屋根の大きな屋敷から、彼女は男の子とともに飛び出した。
彼の手を握る自分の手も小さい。
二人とも恐怖に怯え、死にものぐるいだった。
その後ろから、白髪を振り乱しながら老婆が迫ってくる。
手に持った鎌の刃先が、闇にきらめく。
屋敷の四方を囲む堀に設けられた小さな橋を、幼い二人が走る。
男の子の体が、ぐい、と引き戻された。
あっ、と彼女が振り返ると、彼の首元に鎌の刃先が食い込み、一気に引き抜かれた。
絶望の表情を浮かべたまま、彼の首がごろん、と落ちた。
老婆は彼の襟元を掴んでいた手を離し、彼女を見た。
殺される!
彼女は再び走り出した。
いつも、そこで目が覚めた。
起きても、その恐怖はなかなか消え去ってはくれなかった。
しばらくその夢を見ることがなかったので、彼女は安心していた。
そんな彼女の元に、叔父から電話が入った。
数日後、彼女はあの藁葺き屋根の屋敷の前にいた。
夢の中の話ではない。
遠縁にあたる親戚が亡くなり、その親戚が所有していた屋敷の権利が宙に浮いた。
その屋敷を管理出来る権利と財力があったのが、節子さんと叔父の二人だけだった。
まずは現地視察にと訪れたところ、その屋敷が二人を出迎えたのだ。
その外観を見た時、背筋に走るものがあったが、同時にどこか懐かしさも感じた。
思い切って屋内に踏み込むと、自分でも意外なほど、何の感慨も沸かなかった。
屋内の丁度は綺麗に手入れが行き届いており、改修の必要も感じられない。
叔父と法律的な話を終えると、二人はそこで一泊してみることにした。
その夜、彼女は夢を見た。
目の前には藁葺き屋根の屋敷が見える。
屋敷の前で、自分は座禅を組んで俯いている。俯いた先に見える足は現実の彼女の足そのままだ。
その横では、老婆が堀に跨り、その流れで何かを洗っている。
不意に老婆がその手を止め、彼女の足下に何かを投げてよこした。
それは白い饅頭のようだった。
美味しそうに見えたが、食べてはいけないような気がする。
再び老婆が何かを洗い始める。
それを眺める彼女の口の中に、甘い味わいが広がる。
自分でも気づかないうちに、饅頭を頬張っていたらしい。
ごろん。
再び老婆が何かを投げてよこした。さっきより大きい。
彼女が見下ろすと、転がる男の子の生首と目が合った。
気づくと朝になっていた。
起きてきた叔父に、思い切ってこれまでの夢と昨晩の夢の話をすると、彼の表情が曇った。
彼女が悪夢にうなされていた時、彼もまた、夢を見ていたという。
彼は藁葺き屋根の屋敷の外を歩いていた。
刺すような饐えた臭いが、彼の鼻腔を刺激した。
その臭いは、淀んだ用水路から漂ってくる。
昼間見た綺麗な小川の流れる堀ではない、切り出した木板で蓋がされた、石造りの用水路。
彼はそっと用水路に近づくと、木蓋を一枚捲った。
そこには、青白い少年の首が浮いていた。
これは自分だ。
そう思ったところで目が覚めた。
二人は屋敷の管理から手を引き、売りに出した。
二人と屋敷の因果関係はわからない。
節子さんは今でも時々、あの屋敷で見た夢を見るのだという。
(超-1 2008/「首屋敷」より)
藁葺き屋根の大きな屋敷から、彼女は男の子とともに飛び出した。
彼の手を握る自分の手も小さい。
二人とも恐怖に怯え、死にものぐるいだった。
その後ろから、白髪を振り乱しながら老婆が迫ってくる。
手に持った鎌の刃先が、闇にきらめく。
屋敷の四方を囲む堀に設けられた小さな橋を、幼い二人が走る。
男の子の体が、ぐい、と引き戻された。
あっ、と彼女が振り返ると、彼の首元に鎌の刃先が食い込み、一気に引き抜かれた。
絶望の表情を浮かべたまま、彼の首がごろん、と落ちた。
老婆は彼の襟元を掴んでいた手を離し、彼女を見た。
殺される!
彼女は再び走り出した。
いつも、そこで目が覚めた。
起きても、その恐怖はなかなか消え去ってはくれなかった。
しばらくその夢を見ることがなかったので、彼女は安心していた。
そんな彼女の元に、叔父から電話が入った。
数日後、彼女はあの藁葺き屋根の屋敷の前にいた。
夢の中の話ではない。
遠縁にあたる親戚が亡くなり、その親戚が所有していた屋敷の権利が宙に浮いた。
その屋敷を管理出来る権利と財力があったのが、節子さんと叔父の二人だけだった。
まずは現地視察にと訪れたところ、その屋敷が二人を出迎えたのだ。
その外観を見た時、背筋に走るものがあったが、同時にどこか懐かしさも感じた。
思い切って屋内に踏み込むと、自分でも意外なほど、何の感慨も沸かなかった。
屋内の丁度は綺麗に手入れが行き届いており、改修の必要も感じられない。
叔父と法律的な話を終えると、二人はそこで一泊してみることにした。
その夜、彼女は夢を見た。
目の前には藁葺き屋根の屋敷が見える。
屋敷の前で、自分は座禅を組んで俯いている。俯いた先に見える足は現実の彼女の足そのままだ。
その横では、老婆が堀に跨り、その流れで何かを洗っている。
不意に老婆がその手を止め、彼女の足下に何かを投げてよこした。
それは白い饅頭のようだった。
美味しそうに見えたが、食べてはいけないような気がする。
再び老婆が何かを洗い始める。
それを眺める彼女の口の中に、甘い味わいが広がる。
自分でも気づかないうちに、饅頭を頬張っていたらしい。
ごろん。
再び老婆が何かを投げてよこした。さっきより大きい。
彼女が見下ろすと、転がる男の子の生首と目が合った。
気づくと朝になっていた。
起きてきた叔父に、思い切ってこれまでの夢と昨晩の夢の話をすると、彼の表情が曇った。
彼女が悪夢にうなされていた時、彼もまた、夢を見ていたという。
彼は藁葺き屋根の屋敷の外を歩いていた。
刺すような饐えた臭いが、彼の鼻腔を刺激した。
その臭いは、淀んだ用水路から漂ってくる。
昼間見た綺麗な小川の流れる堀ではない、切り出した木板で蓋がされた、石造りの用水路。
彼はそっと用水路に近づくと、木蓋を一枚捲った。
そこには、青白い少年の首が浮いていた。
これは自分だ。
そう思ったところで目が覚めた。
二人は屋敷の管理から手を引き、売りに出した。
二人と屋敷の因果関係はわからない。
節子さんは今でも時々、あの屋敷で見た夢を見るのだという。
(超-1 2008/「首屋敷」より)




コメント
コメントの投稿