【リライト】鳴き声

2008年04月11日 00:55

 その日、岩道さんはいつものように、ご近所の仲良しである柳さんのお宅にお邪魔した。
 日当たりの良い二階の部屋で談笑していると、犬の鳴き声がする。
 小型犬特有の、甲高いその鳴き声があまりにもうるさく、二人は会話に身が入らない。
 どこの家の犬だろう、と考えてみるが、ご近所に犬を飼う家はない。
 それに、その鳴き声が妙に近くから聞こえるような気がする。
 まるで家の中で鳴いているようだ。

 二人はそっと、階段の上から一階の様子を伺った。
 やはり、家の中で犬の声がする。
 戸締まりもしており、野良犬が入ってくるとは思えなかった。
 布団叩きを構えた柳さんを先頭にして、ふたりはゆっくり階段を下りはじめた。
 しかし階段の中程で、不意に鳴き声はやんだ。

 二人は一階に着くと、犬の隠れそうな場所をくまなく探した。
 今、台所、風呂場、トイレ、テレビの後ろ、食卓の下、押し入れの中まで探し回ったが、犬の姿はなかった。
 姿だけではなく、犬がいたと思われる痕跡すらない。
 玄関まで来た時、そこに妙な物が転がっていた。
 それは小さな犬のぬいぐるみだった。
 今は独立した柳さんの息子が幼い頃、一番可愛がっていたもので、他の玩具と一緒に長年仕舞われたままだったはずのぬいぐるみ。

 そのぬいぐるみを拾い上げようとした時、玄関の引き戸がほんの少し開いているのが目に留まった。
 柳さんはそっと引き戸を開け、外の様子を伺った。
 そして足元を見て、あっと声を上げた。
 玄関のほんの少し前に、薄汚い板が置いてあった。
 その板には、無数の釘が打ち付けられ、その鋭い先端が上を向いていた。
 知らずに一歩踏み出していれば、間違いなく踏み抜いていたに違いない。

 その薄ら寒い悪意に、岩道さんは言葉を失った。
 柳さんは板を片付け、玄関に戻ってくると、犬のぬいぐるみを拾い上げた。
「きっと、この子が知らせてくれたのね」
 彼女は褒めるように、ぬいぐるみの頭を何度も撫でていた。

(超-1 2008/「鳴き声」より)


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