2008年04月11日 00:59
何処までも続く砂浜を、僕はひとりで歩いていました。
空はどんより曇っていて、今にも嵐が来そうです。
波を巻き上げる風に乗って、誰かが僕を呼ぶ声が聞こえてきます。
声のする方へ足を向けると、そこには泥人形が寝そべっていました。
大きさは僕と同じくらい……150センチほどでしょうか。
精巧に作られたその泥人形の足下に、波が近づきつつありました。
海水に触れさせちゃいけない、何故か強くそう思いました。
だけど、動かせば今にも崩れそうで、僕は何も出来ずにいました。
波はすぐそこまで迫っています。
その時、どこからか生臭い臭いが漂ってきました。
熱気で蒸しかえった檻の中に、不潔な獣と一緒に閉じ込められているような、鼻をつねりあげるような刺激臭です。
その臭いに反応するかのように、人形の表面が細かく、無数の蟻のようにざわざわと蠢き出しました。
臭いはより濃くなり、人形の表面も応えるように激しく蠢きます。
不意に、人形の鼻の部分にあたる泥が滑り落ちました。
そこには、白い人間の鼻が覗いています。
すると人形が起き上がり、泥が次々と崩れ落ちていきます。
泥がすっかり落ちると、そこには不思議な女性が立っていました。
国籍のよくわからない、透き通った肌をした全裸の女性は、口の端を吊り上げてにやりと笑うと、私に向かって腕を伸ばしてきます。
女性は動けないでいる僕の頭に手を置き、信じられないほど大きく口を開けました。
その口の奥に広がる深い闇に、僕は絶叫しました。
気づけば僕は、ベッドの上にいました。
全身にはびっしょり汗をかき、頭は朦朧としています。
やがて、それがいつも熱を出した時に見る夢だと気づき、ほっと胸をなで下ろします。
母に話したこともありますが、熱に浮かされたせいだと取り合ってくれませんでした。
中学生になると、ぱたりとその夢を見なくなりました。
やがてその夢のことも、すっかり忘れていました。
そして僕はいつしか、大学生になっていました。
いつものように授業を終え、湿り気を帯びた梅雨空に背を向けるように、地下鉄に乗り込みました。
地下鉄の規則的な振動に、つい眠気を誘われそうになるのを、吊革を掴みながら堪えていました。
窓には、眠そうな僕の顔だけではなく、車内の風景が映り込んでいました。
その時、その風景の中に、あるはずのないものの姿が見えたのです。
シートの一番端に、あの泥人形が座っていました。
はっとして、僕は思わず目を伏せました。
忘れていた夢の記憶が、洪水のように溢れてきます。
その時、あの生臭い臭いが、車中に漂ってきたのです。
思わず目を開けると、窓越しに僕を見つめる、あの女性と目が合いました。
気づくと、僕はシートに座っていました。
全身が汗でびっしょりしていました。
夢だったのでしょうか。
電車が目的の駅に到着し、僕は慌てておりました。
改札へ向かう途中、同じ電車から降りたカップルの話し声が、耳に飛び込んできました。
……途中さ、すごく生臭くなかった?
……うん。なんか動物臭かったね。
……何だったんだろうね、あれ。
改札に電子カードを翳す手が震えていました。
嫌な予感がして、その日はまともに眠ることが出来ませんでした。
再びあの夢を見そうで。
いつか、あの女性が目の前に現れそうで。
(超-1 2008/「泥人形」より)
※せんべい猫より
この作品については、講評での文体と怪異に関する評価が大きく分かれていました。
リライトにあたり熟読し、この作品の中核をなしているのは文体が作り上げる非現実的な空間にあると思い、あえてそこを崩さず、表現を要約する形にするよう意識しました。
成功しているかどうかは読まれる方にゆだねます。
ご理解頂ければと思います。
空はどんより曇っていて、今にも嵐が来そうです。
波を巻き上げる風に乗って、誰かが僕を呼ぶ声が聞こえてきます。
声のする方へ足を向けると、そこには泥人形が寝そべっていました。
大きさは僕と同じくらい……150センチほどでしょうか。
精巧に作られたその泥人形の足下に、波が近づきつつありました。
海水に触れさせちゃいけない、何故か強くそう思いました。
だけど、動かせば今にも崩れそうで、僕は何も出来ずにいました。
波はすぐそこまで迫っています。
その時、どこからか生臭い臭いが漂ってきました。
熱気で蒸しかえった檻の中に、不潔な獣と一緒に閉じ込められているような、鼻をつねりあげるような刺激臭です。
その臭いに反応するかのように、人形の表面が細かく、無数の蟻のようにざわざわと蠢き出しました。
臭いはより濃くなり、人形の表面も応えるように激しく蠢きます。
不意に、人形の鼻の部分にあたる泥が滑り落ちました。
そこには、白い人間の鼻が覗いています。
すると人形が起き上がり、泥が次々と崩れ落ちていきます。
泥がすっかり落ちると、そこには不思議な女性が立っていました。
国籍のよくわからない、透き通った肌をした全裸の女性は、口の端を吊り上げてにやりと笑うと、私に向かって腕を伸ばしてきます。
女性は動けないでいる僕の頭に手を置き、信じられないほど大きく口を開けました。
その口の奥に広がる深い闇に、僕は絶叫しました。
気づけば僕は、ベッドの上にいました。
全身にはびっしょり汗をかき、頭は朦朧としています。
やがて、それがいつも熱を出した時に見る夢だと気づき、ほっと胸をなで下ろします。
母に話したこともありますが、熱に浮かされたせいだと取り合ってくれませんでした。
中学生になると、ぱたりとその夢を見なくなりました。
やがてその夢のことも、すっかり忘れていました。
そして僕はいつしか、大学生になっていました。
いつものように授業を終え、湿り気を帯びた梅雨空に背を向けるように、地下鉄に乗り込みました。
地下鉄の規則的な振動に、つい眠気を誘われそうになるのを、吊革を掴みながら堪えていました。
窓には、眠そうな僕の顔だけではなく、車内の風景が映り込んでいました。
その時、その風景の中に、あるはずのないものの姿が見えたのです。
シートの一番端に、あの泥人形が座っていました。
はっとして、僕は思わず目を伏せました。
忘れていた夢の記憶が、洪水のように溢れてきます。
その時、あの生臭い臭いが、車中に漂ってきたのです。
思わず目を開けると、窓越しに僕を見つめる、あの女性と目が合いました。
気づくと、僕はシートに座っていました。
全身が汗でびっしょりしていました。
夢だったのでしょうか。
電車が目的の駅に到着し、僕は慌てておりました。
改札へ向かう途中、同じ電車から降りたカップルの話し声が、耳に飛び込んできました。
……途中さ、すごく生臭くなかった?
……うん。なんか動物臭かったね。
……何だったんだろうね、あれ。
改札に電子カードを翳す手が震えていました。
嫌な予感がして、その日はまともに眠ることが出来ませんでした。
再びあの夢を見そうで。
いつか、あの女性が目の前に現れそうで。
(超-1 2008/「泥人形」より)
※せんべい猫より
この作品については、講評での文体と怪異に関する評価が大きく分かれていました。
リライトにあたり熟読し、この作品の中核をなしているのは文体が作り上げる非現実的な空間にあると思い、あえてそこを崩さず、表現を要約する形にするよう意識しました。
成功しているかどうかは読まれる方にゆだねます。
ご理解頂ければと思います。



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