2008年04月11日 01:01
休憩室に入ると、同僚の美菜子さんが写真を炬燵の上に広げて眺めていた。
何となくその中の一枚に目をとめた。
家の前の階段の上段にお婆さんとお母さん、下段にお父さんを挟むように彼女とお姉さんが座って写っていた。
そのお父さんの姿が、なんだか照れくさそうでほほえましかった。
「お父さん、両手に花で嬉しそうね」
つい口にしてからしまった、と思った。
彼女のお父さんは先日亡くなったばかりだった。
「ごめん」
謝ってからまた後悔した。
「座って」
そんな私に彼女は微笑むと、炬燵布団をめくって手招きした。
私が所在なく彼女の隣に座ると、彼女はぽつりと漏らした。
「うち、男が短命な家系なんですよね……」
富山に代々続く彼女の家は、結構な資産家だったらしい。
その屋敷は累に違わず大きく、幼かった彼女やその兄弟、従兄弟にとっては格好の遊び場だった。
そんな中に、ひとつだけ奇妙な部屋があった。
その広い部屋には豪奢な神棚がひとつ置かれているだけだった。
祖母が時折掃除をしたり、お供え物を取り替える姿が見られたが、子供達は薄気味悪がって近づこうとしなかった。
また、その部屋は他の部屋と違い、外に向かって凸型に大きくせり出しており、外に面した壁には扉が設えてあった。
しかもその扉は、部屋の中からは上半分しか見えない。
その部屋の下に、何かがあるような気がした。
彼女が十歳の頃、正月休みに遊びに来ていた、こうちゃんと言う二つ上の従兄弟と、あの部屋の話になった。
床下の話になると、彼も彼女の推測に賛同し、それじゃ確かめよう、と言い出した。
彼女は何度も止めたが、お兄さんぶりたかったのか、彼はますます意固地になっていった。
そして、正月のどたばたに紛れて、祖母からあの扉を開く鍵をくすねてしまった。
その夜、二人は息を殺しながら、あの扉の前に来た。
鍵を差し込むと、木製の扉はあっけなく開いた。
懐中電灯で照らすと、彼女の胸の高さにあの部屋の床があり、その下にぽっかりと空間が開けている。
従兄弟はさっさとその隙間に入り、蜘蛛の巣をかき分けてどんどん進んでいく。
そして、懐中電灯の動きが止まり、くるくる回り始めた。彼が何かを見つけた合図らしい。
「何があるの?」
「箱」
明かりに照らされた彼の手招きに、彼女の恐怖心が消え、好奇心がその背中を突き動かした。
従兄弟の元まで辿り着くと、彼はそれを照らし出した。
おそらくここはあの神棚の真下あたりだろうか。
そこに置かれていた、蒔絵の施された綺麗な箱。
周囲は埃が舞っているのに、その箱は磨いたように綺麗なままだった。
従兄弟はそれを手に取ると、おもむろに開けた。
その中には、和紙で包まれた鮮やかな黒髪が箱いっぱいに入っていた。
少なくとも、彼女にはそう見えた。だが。
「なんだ、空っぽじゃん! 期待させんなよなー!」
従兄弟はそう言うと、箱の蓋を閉じた。
怖くなった彼女は、彼をせかすと床下から抜け出し、二人は寝室に戻った。
間もなく、彼女は眠りに落ちた。
そして夢を見た。
暗闇の中にあの箱が見える。
その箱の中で、従兄弟がもがきながら助けを求めていた。
そのまま、彼の姿が徐々に箱の中に引きずり込まれていく。
恐怖に飛び起きると、障子の向こうが騒がしい。
そっと障子を開けて様子を伺うと、力なくぐったりした従兄弟を、伯母さんが抱きかかえて出て来るのが見えた。
間もなく玄関先にサイレンが響き、そして走り去っていった。
こうちゃんが、救急車に運ばれていった!
夢のこともあり、彼女は恐る恐る、昨晩の出来事をお母さんに打ち明けた。
「どうしてそんなことしたの!」
母は怒鳴った。その姿は、怒っていると言うよりは、恐怖に打ち震えているように見えた。
「あんたは? まさか、あんたも触ったんじゃないだろうね?」
涙を流した母に肩を揺さぶられ、彼女は大きく頭を振った。
その後、母と祖母は何事かを話し合っていた。時折、その語気が荒くなるのを目の当たりにして、彼女は改めて恐怖を感じた。
それから七日後。
彼女が姉と居間でテレビを見ていると、突然大きな音がした。
そして、それに続くかのように、家中にけたたましい女の笑い声が響いた。
その笑い声は何かを告げるように、部屋という部屋を駆け巡った。
不意に彼女は、あの神棚のことが気になった。
「やめな、祟られるっ!」
姉の制止を振り切り、彼女はあの部屋へ向かった。
そしてその部屋の前まで来ると、襖を開けた。
神棚を安置していた台座が真っ二つに割れていて、神棚は傾き、置かれていたお供物と櫛が散乱していた。
外に続く扉のある土塀には、無数の引っ掻き傷が出来ていた。
その惨状に、彼女だけではなく、追いついてきた姉もその場にへたり込んだ。
間もなく電話の音がして、我に返った姉が応対に出た。
美菜子さんはぼうっとしながら、頭の中でひとつの言葉を繰り返していた。
……こうちゃんは連れて行かれた。
その言葉通り、従兄弟はその日亡くなった。
彼の死が引き金であるかのように、あれほど栄えていた一族ははみるみる没落していった。
「お姉ちゃん、まだ写ってます?」
話し終えた彼女は、さっきの写真を私に見せた。
首をかしげながらも写真を見る、
上段にはお婆さん、お母さん。下段には彼女、お父さん、そしてお姉さん。
ふと、以前に彼女が、お父さんは婿養子だと行っていたことを思い出した。
「写ってるよ。本当に女系家族なんだね。みんな良く似てる」
「姉じゃありませんよ」
彼女が言った。
「その時にはもう、姉は上京していましたから」
彼女はその後、寿退社をした。
時々、あの写真を眺める彼女の寂しげな顔を思い出す。
今はどうしているか知る由もないが、その幸せを願ってやまない。
(超-1 2008/「箱」より)
何となくその中の一枚に目をとめた。
家の前の階段の上段にお婆さんとお母さん、下段にお父さんを挟むように彼女とお姉さんが座って写っていた。
そのお父さんの姿が、なんだか照れくさそうでほほえましかった。
「お父さん、両手に花で嬉しそうね」
つい口にしてからしまった、と思った。
彼女のお父さんは先日亡くなったばかりだった。
「ごめん」
謝ってからまた後悔した。
「座って」
そんな私に彼女は微笑むと、炬燵布団をめくって手招きした。
私が所在なく彼女の隣に座ると、彼女はぽつりと漏らした。
「うち、男が短命な家系なんですよね……」
富山に代々続く彼女の家は、結構な資産家だったらしい。
その屋敷は累に違わず大きく、幼かった彼女やその兄弟、従兄弟にとっては格好の遊び場だった。
そんな中に、ひとつだけ奇妙な部屋があった。
その広い部屋には豪奢な神棚がひとつ置かれているだけだった。
祖母が時折掃除をしたり、お供え物を取り替える姿が見られたが、子供達は薄気味悪がって近づこうとしなかった。
また、その部屋は他の部屋と違い、外に向かって凸型に大きくせり出しており、外に面した壁には扉が設えてあった。
しかもその扉は、部屋の中からは上半分しか見えない。
その部屋の下に、何かがあるような気がした。
彼女が十歳の頃、正月休みに遊びに来ていた、こうちゃんと言う二つ上の従兄弟と、あの部屋の話になった。
床下の話になると、彼も彼女の推測に賛同し、それじゃ確かめよう、と言い出した。
彼女は何度も止めたが、お兄さんぶりたかったのか、彼はますます意固地になっていった。
そして、正月のどたばたに紛れて、祖母からあの扉を開く鍵をくすねてしまった。
その夜、二人は息を殺しながら、あの扉の前に来た。
鍵を差し込むと、木製の扉はあっけなく開いた。
懐中電灯で照らすと、彼女の胸の高さにあの部屋の床があり、その下にぽっかりと空間が開けている。
従兄弟はさっさとその隙間に入り、蜘蛛の巣をかき分けてどんどん進んでいく。
そして、懐中電灯の動きが止まり、くるくる回り始めた。彼が何かを見つけた合図らしい。
「何があるの?」
「箱」
明かりに照らされた彼の手招きに、彼女の恐怖心が消え、好奇心がその背中を突き動かした。
従兄弟の元まで辿り着くと、彼はそれを照らし出した。
おそらくここはあの神棚の真下あたりだろうか。
そこに置かれていた、蒔絵の施された綺麗な箱。
周囲は埃が舞っているのに、その箱は磨いたように綺麗なままだった。
従兄弟はそれを手に取ると、おもむろに開けた。
その中には、和紙で包まれた鮮やかな黒髪が箱いっぱいに入っていた。
少なくとも、彼女にはそう見えた。だが。
「なんだ、空っぽじゃん! 期待させんなよなー!」
従兄弟はそう言うと、箱の蓋を閉じた。
怖くなった彼女は、彼をせかすと床下から抜け出し、二人は寝室に戻った。
間もなく、彼女は眠りに落ちた。
そして夢を見た。
暗闇の中にあの箱が見える。
その箱の中で、従兄弟がもがきながら助けを求めていた。
そのまま、彼の姿が徐々に箱の中に引きずり込まれていく。
恐怖に飛び起きると、障子の向こうが騒がしい。
そっと障子を開けて様子を伺うと、力なくぐったりした従兄弟を、伯母さんが抱きかかえて出て来るのが見えた。
間もなく玄関先にサイレンが響き、そして走り去っていった。
こうちゃんが、救急車に運ばれていった!
夢のこともあり、彼女は恐る恐る、昨晩の出来事をお母さんに打ち明けた。
「どうしてそんなことしたの!」
母は怒鳴った。その姿は、怒っていると言うよりは、恐怖に打ち震えているように見えた。
「あんたは? まさか、あんたも触ったんじゃないだろうね?」
涙を流した母に肩を揺さぶられ、彼女は大きく頭を振った。
その後、母と祖母は何事かを話し合っていた。時折、その語気が荒くなるのを目の当たりにして、彼女は改めて恐怖を感じた。
それから七日後。
彼女が姉と居間でテレビを見ていると、突然大きな音がした。
そして、それに続くかのように、家中にけたたましい女の笑い声が響いた。
その笑い声は何かを告げるように、部屋という部屋を駆け巡った。
不意に彼女は、あの神棚のことが気になった。
「やめな、祟られるっ!」
姉の制止を振り切り、彼女はあの部屋へ向かった。
そしてその部屋の前まで来ると、襖を開けた。
神棚を安置していた台座が真っ二つに割れていて、神棚は傾き、置かれていたお供物と櫛が散乱していた。
外に続く扉のある土塀には、無数の引っ掻き傷が出来ていた。
その惨状に、彼女だけではなく、追いついてきた姉もその場にへたり込んだ。
間もなく電話の音がして、我に返った姉が応対に出た。
美菜子さんはぼうっとしながら、頭の中でひとつの言葉を繰り返していた。
……こうちゃんは連れて行かれた。
その言葉通り、従兄弟はその日亡くなった。
彼の死が引き金であるかのように、あれほど栄えていた一族ははみるみる没落していった。
「お姉ちゃん、まだ写ってます?」
話し終えた彼女は、さっきの写真を私に見せた。
首をかしげながらも写真を見る、
上段にはお婆さん、お母さん。下段には彼女、お父さん、そしてお姉さん。
ふと、以前に彼女が、お父さんは婿養子だと行っていたことを思い出した。
「写ってるよ。本当に女系家族なんだね。みんな良く似てる」
「姉じゃありませんよ」
彼女が言った。
「その時にはもう、姉は上京していましたから」
彼女はその後、寿退社をした。
時々、あの写真を眺める彼女の寂しげな顔を思い出す。
今はどうしているか知る由もないが、その幸せを願ってやまない。
(超-1 2008/「箱」より)




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