【リライト】梟

2008年04月11日 23:16

 幼い頃、毎年お盆になると、両親の故郷へお墓参りの為に帰省していた。
 しかし子供だった私にとっては、それよりも昆虫採集の方が重要だった。

 自然の多く残るその近辺でも、森のほんの手前にある一本の樹が、私の秘密のポイントだった。
 そこで毎年大きなカブトムシを捕まえることが出来る。
 その年も成果を期待し、明るい内に現場確認をしようと思い、その樹に向かった。
 すぐにその樹の前にやってくると、昼間だというのにカブトムシが一匹、樹にへばりついていた。
 しかし、その隣にはスズメバチも留まっている。
 子供でもスズメバチの怖さは知っていた。しかし、ちゃんとした対処法を知らなかった。
 追い払おうと思い、落ちていた枝でスズメバチの近くを突いた。
 結果、刺激されたスズメバチがこちらに向かって飛んできた。

 無我夢中で逃げ回り、気づくと、見慣れぬ場所にいた。
 眼前の開けた場所に、茅葺屋根の古い民家がある。
 その家にも、併設された馬小屋にも、生き物の気配がない。
 時間が止まったような空間。
 私は元来た道にとって返した。
 しかし、元々どこをどう走ってきたか記憶などなく、見覚えのある風景に行き当たらない。
 そんな状況にありながら、不思議と怖さを感じることはなかった。
 それでも歩き疲れ、どうしようか思案に暮れていると、前方に、今まで見たことのないような、立派な大樹があることに気づいた。
 その樹に導かれるように、黙々と歩き続けた。

 やがて、その樹の前に辿り着いた。
 力強く大地に張り巡らされた根、太く逞しい幹。大きく広げられた枝には、青々とした葉が生い茂っている。
 その中程に、大きな梟が羽を休めていた。
 丸く大きな瞳が、瞬きもせずに私を見下ろしている。
 悠然としたその姿には、神々しさすら感じた。
 まるで、私の言葉を待っているかのようだ。
 そう感じ、つい口にした。
「帰り道が、わからなくなりました」

”ここはお前の来る所じゃない”

 不意に、声がした。
 それも、頭に直接響くように。
 急に怖くなり、何度も何度も謝った。

”……目を瞑りなさい”

 言われるまま、瞼をぎゅっと閉じる。
 木々のざわめきだけが聞こえてくる。
 そのざわめきが、徐々に大きくなっていく。
 周囲の空気が揺れているような、そんな奇妙な感覚が襲う。
 ざわめきは大音量となり、鼓膜を揺さぶる。
 それがピークに達した時、甲高い音が脳内ではじけた。

 目を開けると、夕闇に染まった見慣れた風景が飛び込んできた。
 耳には微かな木々のざわめきと、ひぐらしの鳴く声だけが聞こえてくる。
 カブトムシのいた樹に背を向け、私は家路を急いだ。

 家に帰り着くと、父に酷く叱られた。
 私が迷っていた時間は小一時間程度だと思っていたのだが、実際は五時間以上経過していた。
 父にはあの時のことは話さず、ただ遊び回っていたとだけ伝えた。
 なんとなく、あの事を話してはならないと思った。
 それが、梟との約束のような気がしたから。

(超-1 2008/「梟」より)


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